2009年7月12日 (日)

動画変換

ある研究会への出席で、出張。
木曜夜に東京入りし、金曜に出席。

夜のホテルからの画像。
Kc3a0061 
携帯で撮ったものだが、
雲が低い怪しい雰囲気が出てるだろうか。

会議の会場。
Kc3a0062
研究会は、とてもとても難しいことをしているもので、
オブザーバ的に出席したつもりだったが、
一つ宿題をもらってしまった。
かなり、重いが、やっている時間があるだろうか。


=== 動画を変換する。

6月25日の矢作川の現地調査で、
動画を撮影したのを忘れていた。
調査後の休憩で撮ったもの。
(これは一シーンの画像)
Yahagimov_2

アップロードしてみよう。。。としたら、
このブログには、最大1MBのファイルしか、駄目、と言われる。

そこで、@niftyのホームページ用のファイル領域に、
FTP転送でアップロードする。(FFFTPを使用)
そうして、以下にリンクした。

オリジナルの動画が、これ
携帯(au)の一部では、3g2というフォーマットで保存されている。
QuickTimeがインストールされていると、そのまま見えるらしい。

他の形式に変換できないか、QuickTimeでやってみようとしたが、
有料版(Pro)のバージョンでないと、変換保存できない。

フリーの変換ツールがないか検索して、
「SuperC」なるソフトがあることがわかった。
ダウンロード+インストールした。
これまた、ダウンロードに至るまでが、長い道のり。
使用時の画面。
Superc_2

まずは、mpgに変換してみる。
(設定は一切デフォルトのまま。)
その結果が、これ
WindowsMediaPlayerで見ると、ぼろぼろで、
ひどいものである。
何の設定が悪いのか。

次にAVIに変換。
その結果が、これ

まあまあ、もとの映像にほぼ匹敵している。

最後にFLVに。Flash対応。
それがこれ
これは、そのままでは見られないと思うが、
YouTubeなどにアップされている形式。
(視聴するだけならフリーソフトがある。
 FLVPが、軽い。
 バージョンを間違えなければ、見える。)

mpg以外は、ほぼオリジナルに近い。

ーーー
映像の中の黒い塊は、
砂州のすぐ下(50~1.5mほど下)にある粘土層から出た塊。

1980年代には、土砂採取の影響などで砂がなくなり、
河床が低下してこの粘土層が一度現れているはずである。
このときの川の様子は、かなり異様だったはずだ。

矢作川の下流部は、江戸時代の人工掘削された河道である。
戦前戦後は、川幅いっぱいに砂の川だった。
そこがさらに河床低下したのだから、堆積層が顕在化するのは当然である。

しかし、それは、「言われてみれば」ということ。

過去の横断地形の変遷と植生域の拡大は、定性的には説明がつく。
今度、このことを書いてみるが、
河道での地形変遷と植生の定着との関係は、
全国の多くの河川で生じたことであることは、
この分野では2000年以降、よく知られつつある事実だ。

不可逆的な変遷。

===

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2009年7月10日 (金)

ちょっと、小躍り。

===今日の日記。

昨夜も遅かった。
遅い出勤になり、昼を挟んで2・3限に学生のゼミ。
そのお昼にお昼を食べる時間がない。
メール処理やら、授業準備やらで、時間はなくなる。

急いでいると、忘れものが多くなる。
昨日今日と、コピー機に原稿を忘れる。

4限に授業。

これが終わってほっとする。
本当は山のようにやることがあるのだが、
事務室で雑誌(専門の)を読んで、脳を刺激する。
こうして時間をこじ開けるのが大切なんだろうな、
と思いながら、オフィスに戻る。

★ 研究室のホームページを更新。
 トップページを少し変更した。
 伊勢湾台風50周年関係と、水防災情報の掲載である。
 特に後者は、PUSH型情報のリンクを載せた。
 名古屋近辺しか、意味がないが、
 ユニバーサルに対応するほどの気力と時間はない。

今日は早め(20時頃)にオフィスを後にし、
喫茶店をはしごして、
依頼された論文査読にとりつくことにした。
ひととおり読み終えて、0時に帰宅。

===
ゼミのときにちょっと面白い事実を発見して、小おどりした。
(実際には踊っていないですが。心の中で。)

実験室の屋上で借り置きしてある、ツルヨシの小さい株。
普通の15Lのバケツの底に現地の砂ごと、
株を密に入れておいた。

砂は15cmほどの厚さ。
梅雨なので、蒸発よりも雨の方が多く、水が数cm以上の水深でたまっている。
その中に藻類やら水中昆虫やらが住んでいる。

こんな状況だし、枯れてるから、もう新しいのを取ってこないとだめだと学生が騒いでいた。

自分で見てみると、
枯れているのは葉で、バケツの中に密生している部分である。
バケツの上で顔を出している葉は、緑なのである。

これで、自分の予想は半分当たっていることが確認され、
「小躍り」した。

それは、水が張ってあるバケツの中に密生すれば、空気が飽和し、蒸散できなくなるから日射が当たれば体温調整が効かなくなって、枯れるのである。そして、先端だけが伸びてゆく。

それが今年のツルヨシ担当学生のテーマである。
図らずも、装置を組む前にそれが確認された。

よって、自信をもって夏の実験に突入できる。

だから、「小躍り」。

学生には、
「安心して実験に突入できるぞ!!」
と卒論の安全宣言を出して、装置の条件設定を指示してやった。

まだどんでん返しがあるかもしれないが、
今年は面白い結果が見られそうで、楽しみだ。

(小学生の夏休みの自由研究にぴったり。
 1か月で結果が現れるから。)

===

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2009年7月 9日 (木)

やっと高校生

ブログは久しぶり。

この5日間の私の行動。

===
週末は、大量に水を取って過ごした。
土曜に超音波で見てもらったが、4mmくらいの石が左右に見える、と言われた。(医師の所見ではない。技師さんの話) 所見付きで結果が前にかかった医者に渡るまでに1週間くらいかかるとのこと。 そのころには石は流れているのでは? (そうなっていなかったら、まだ地獄がつづくことになる。)


月曜の午前まで大事をとっておとなしくしていたが、
午後には大学に復帰。学内委員会に出席。
そのまま翌日の要件のために東京出張。

火曜も特に問題なく、過ごした。

水曜の今日は、一日仕事(しかも、最後は会議が4時間45分。殺人的である。)だったが、無事に過ごした。

石は動いたか、流れたか。薬も必要ない。

=== やっと高校生。

やっと合格した。
日商簿記2級。
今日が発表日だった。

日商簿記は、商業高校レベルだそうである。
あんなに勉強したのに。。。。
いや、40歳の頭で、あの若い頭脳に戻れたと思うことにしておこう。

次なるターゲットは、ある。
超難関か、別の新しいものか。。。まだ迷っているが、超難関再挑戦の方にいってみることにする。

=== こういう人に立候補してほしい。

それは、「市民を叱る政治家!」

ーーー
それで思い出した。
過去を振り返ると、
「ああ、あれがいけなかったんだなぁ」
とか、
「あれを見過ごしたのが敗因だったんだなぁ」
と、あとでわかることがある。

たとえば、
「なぜあの景気のいい時に、国の借金を返さなかったんだろう」
とか、
「アメリカ人の口車に乗ったのが、車ごと谷底に落ちることになった原因なんだなぁ」
とか、あとからわかる。

いや、私も含めて多くの人がそのときに不安を感じたり、場合によっては警告したりしていたのである。
が、それが何の影響にも発現しなかった・させなかったことが問題だ。

日本の金融緩和には強い危機感を持っていた人は多いはずだったし、国の借金が莫大になってゆくのを見つづけた私たちの世代の中で、何も感じなかったわけではない人も少なからずいたのである。

ーーー
「市民の気持ち」を先回りして世論を作るメディア。これが間違っている。
そして、自分たちの漠然とした不安を表に出さないで静観した市民。これも自業自得。
(それが、「声のでかい奴が勝つ」社会を作ってしまう。)

人のせいにする前に、我が身を振り返ることは、大事だなぁ、と
危機的な状況になって、これまた初めて冷静に思う。
そう思えることが最近、身の回りのことや社会情勢の中に多々あった。

はたして、すべての人が歴史を知っていたとして、自らに警告を発し、問題を回避できたのだろうか、という疑問。

人間は所詮、歴史に学べない、つまり、動物と同じだった。 
核兵器やCO2すら減らせないのだから、人類滅亡は当然の帰結、いや必然だ。

一度そう諦めれば、つまり悲観的な結論が濃厚だと知っていれば、楽な気持ちで挑戦もできるのではないか、と思える。

そうして開き直って、市民をさんざん馬鹿にし、叱ることができる者が増れば、「悲観しながらも希望」が見えるかもしれない。

白状すると、そういう馬鹿馬鹿しい考えを持ちつづけるのが精神的にもよさそうだ、などとと思うのだ。

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2009年7月 4日 (土)

非・遺伝的継承

今日は大学に行くつもりだったが、休んだ。

一応薬が効いて、痛みは抑えられているが、午後になっても様子を見ることにした。

しかし、たまっている外部の仕事をこなし、
結局夜には大学に行って2時間ほど、外部の仕事の対応をした。

=== 堆積するデスクの上

最近、自己嫌悪に陥ることがある。

それは、オフィスの様子である。

前の大学で、私の師匠の先生型の机の上は、資料で山積みになっているなぁ、と思っていたのだが、気がついたら、それと全く同じことがいま目の前で起こりつつある。

そう思った瞬間、がっくりくるのだが、
「同じ道を歩んでいるなぁ」
と、偉大な先輩と同じ、ということに喜べばよいのか、とも思える。

いやいや、後輩は偉大な先輩の悪いところほど真似するそうである。
気をつけねば。

これが、本当に気に入らない。

なぜこれが起こるか。
理由は3つある。

1つ目は、雑務の宿題が常に堆積していること。
2つ目は、自分が研究上整理したいこと、そのための資料が貯めてあること。
3つ目は、今動いている、外部の仕事のファイル。

1つ目は仕方ないが、2つ目は自分がしたいことだけに、その状態が定常化していることが気に入らない。(常に入れ替わっていればよいが、たいていは、定常化というより、静置化されているもので、まったく進んでいない)

つまり、
「お前はすぐ使うからそこに置いてあるんだぞ!」
とその資料に言い聞かせて置いてあるのだが、
いつまでたっても、出番がない。
そういう資料たちである。

3つ目がこの1年で急激に増えたのが予定外である。
外部の会議や、研究会、調査活動などのファイルだけで10冊ほどになる。
動いている仕事なので、机の上においていたが、スペースが限界。
「動いている仕事」のためのスペースが必要のようだ。
もちろん、時間の方が必要だけれど。

「金はいいから時間をくれ!」

これは本音である。

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2009年7月 2日 (木)

傍から見れば、コメディー

昨日の朝から、腹痛。

授業どころではないが、。
昨日は、重要な授業が集中していたので、とにかく出勤。
休講にすると、いつか授業をしなくてはいけないので、
押して実施。授業をやっている間に痛みは去った。

研究会に参加して、帰ってきたら、またぶりかえす。


「これは、石だな。」


今日も朝起きようとしたら痛くて全く動けない。
午前のゼミを休みにしたが、「午後の授業は」、と意を決して大学に行く。
こういう時に限って、車は大学に。
バス・電車で出勤。
1コマは行ったが、一コマは休講にした。来週2コマ分実施することにする。

ーーー
大病院は午前しか診察していないし、どうせ混んでいるし、「予約してください」とか書いてあるし。

夕方にやっている自宅近くの診療所に行く。
痛み止めの薬だけでももらうためである。
夜7時まで開いているのがありがたい。

ところが、帰り道の混むところを避けようと、ある大通りをUターンしたら、

う~~~~ん

と、パトカーが。 
大きな交差点なのに、Uターン禁止の交差点であることに気がつかなかったのだ。
(その手前2つの小さい交差点の信号が右折禁止であることは気が付いていたが、思いこみが仇となる。)

痛みがぶり返していないときだったので、警官もラッキーである。
そうでなかったら、どうなっていたことか。

とにかく早く切符を切ってもらう。
積極的に手続きに協力する。
1点減点=6000円。 

そういえば、定額給付金の入金があったことを思い出した。
その半額が、お国に戻っていくわけである。
なんだかなぁ、と一瞬思って、自分の車に戻る。

完全に、「急がば回れ」

何分のロスだろうか。

無事に7時前に診療所に滑り込む。

「たぶん、石ですね。腎臓の」

「最近健康診断受けられました?」
「はい」
「超音波で異常ありませんでした?」
「レントゲンは何も異常なしでした。」
(今年は超音波をやってもらっていない。)

「ホウレンソウはたくさん食べない方がいいですよ」
「へぇー、そうなんですか。知りませんでした。」

カルシウムが石を大きくするのはわかっているが。


土曜日に超音波を撮ってもらう所を紹介してもらい、
お薬をもらった。
また、眠くなるとぶり返すんだろうなぁ。

===
今日は、「ブログな感じ」に書いてみました。

大した症状じゃない、死ぬわけじゃない。

とわかっていても、痛いものは痛い。

こういう時に、
「人の痛みは分からないけど、自分の痛みはよくわかる。」
と痛感する。

皆さん、気をつけましょう。

ーーー
腎臓の結石(の疑い)は、一度発生すると、将来もできやすい。
大学院生になって以降、2回、やっている。

一度は、
大病院に行って、レントゲン(造影剤)を予約してもらい、痛みもなくなった1週間後に撮ってもらったら、すでに石は流れていた、という疑い例がある。

このときは今回以上の激痛だったにも関わらず、死ぬわけじゃないので、医者の対応も、さらっとしたものである。

しかし、私が嫌いなのは、医者や病院ではない。
あの長い待ち行列と無駄な待ち時間。

ーーー
今日、ある先生の訃報が届いた。
50代半ば。
激務をこなされていた方だが、
健康管理はそういう人ほどおろそかになりやすいし、症状も見逃されがちになる。

今回のことと重なって、ちょっとドキッと思わされる。
自分の健康、と言うよりは、他に迷惑をかけることになるのが気がかりなのだ。

もっと大人にならねば。

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遺伝子多様性の意義

===これは日記です。

今日は授業の日。
1,2と講義・演習、
午後は実験の授業であるが、
今日は発表会準備の時間なので、時間管理のみ。

そし直後に電車で移動、
「拡大河川セミナー」なる会で30分のプレゼンテーション。

=== 河川セミナー
「えらい」先生方と河川管理に携わる方などを前に話す。
ということの認識がないまま、
ほとんど準備ができないまま、現場に行ったので、
この状況にはちょっと焦ったが、
そうなってしまったのは仕方がないと、開き直る。

このセミナーは2日でこの地域の、河川(物理環境から生態まで)の若手研究者12名が
話すという、ちょっと貴重な機会であるが、残念ながら、私は今日発表の3名のみ話を聞いた。

自分はこれまでの研究に関する現象をトピック的に話をした。
自分のテーマは、

「表流水・伏流水交換とその周辺の現象について」

である。
・扇状地での河川と地下水の相互作用系
・砂州での河川水・伏流水の水交換
・河床での河川水・間隙水の水交換
について、現場、実験、計算について紹介した。

ーーー
この他に、
・河床の底生生物に関する研究
・河川植物の外来種侵入・絶滅危惧種の遺伝子多様性などの研究
・河川の砂州地形形成への混合粒径の影響に関する実験
などの話を聞いた。

面白かったのは、名工大の増田先生の調査報告だった。

河川に限らず、絶滅危惧種の遺伝子多様性はかなり低下していて、人間でいえばみんな親戚同士のような状況になってきているとのこと。

ところが、昔、土に埋め込まれてしまった種子は、それらと遺伝的にかなり離れている。つまり、河床・河岸が人為的に切り取られたり、(あるいは自然に河岸侵食したりして、)それらが発芽して集団を形成し、周辺と適度な頻度で交雑すれば、全体としての遺伝子多様性は高まる。

そういう意味では、河床攪乱の重要性はそういうところにもあるのだろうなぁ、と実感させられる。

よくわかっていなかったのは、遺伝子が多様であるとそれぞれの遺伝子の集団ごとに何が違うのか、ということである。 発芽や成長の時期、場合によっては花や実の付け方も変わるそうである。

人間の民族などとおなじようなものだ。

そうしたありようや生活史が多様であることは、種全体として環境の変化に対応できる可能性(持続可能性)を高めることに直結する。 そのことが理解しやすくなる。

ーーー
河川という研究領域では、
本当に同じテーマを追いかけている人の人数は、多くはない。

たとえば、若手の研究者で、河川水と伏流水の水交換で一つのセッションが組めるほどの人数は日本にはいない。

しかし、研究者間で考えていること、同じ現象への見方が少しづつ違うわけで、そこでのコミュニケーションは、面白い。 ちょっとそう思うことが最近多いような気がする。

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2009年6月30日 (火)

「不特定」の難しさ

ブログを書いている場合ではない。
まだ、仕事がたまっているが、
疲れもたまっているので、帰ってきた。

=== 今日の日記。
今日は、大学のある区の生涯学習センターでの公開講座の日。

今朝4時まで、準備に追われて大学に。
帰宅後、午前遅くに出勤。
ぎりぎりまで追加資料作成。
午後1時半から2時間、公開講座。
帰学後、たまっている仕事を少しこなす。

=== 公開講座

この公開講座は、5回連続シリーズ「伊勢湾台風 あれから50年」という連続企画の第1回。
私のテーマは「高潮・ゲリラ豪雨と向き合う、私たちの”まち”」である。

安易に引き受けたが、よくよく考えると、難しいことがわかった。

私の回の公開講座は、無料で当日参加がOKである。
それはよいのだが、問題はどういう方が参加されるか、全く読めないのである。

想定されるのは、
地域の自主防災に関係するの方々、役所の方、など、防災に通じている人と、
伊勢湾台風の経験をされているお歳を召された方々、
そして、いずれでもない、一般の方々。

話のターゲットの置き方が難しい。
それは、
「何が面白いか、興味深いか」
「何が為になるか」
ということが見えないことである。

また、テーマを広げすぎた。
高潮、つまり伊勢湾の教訓、ということであれば、参加者の方がよく知っていることが考えられる。(名古屋市南区は、伊勢湾台風の最も深刻な被災地である。)
一方、ゲリラ豪雨はよい。

両者を扱うことは、話の幅が広がるのではよいのだが、
話の時間が足りない。

一般向けに、たとえば
・「高潮とは・・・」「ゲリラ豪雨とは」という現象の基礎、に始まり、
・過去・最近の災害の紹介
・将来ありうるリスク・ポテンシャル分布
・公助(ハード対応、避難対応)の考え方と現状
・共助・自助の在り方
などの内容をそれぞれ詰め込んだ。

トータルで整理すること、災害を俯瞰することは、意味があるし、ひとつのまとまった「講座」としての意味はあると思っている。
大学人としては、そこはゆずれない。

一方で、参加者の興味は、その一部か、まったく外れている、ということはありうるわけだ。

そこで、参加者の志向に傾くか、自らのスタンスを通すか、というジレンマにはさまれながら、準備をすることになる。

すべて満足させようと努力したが、資料やスライドの量が増えるだけで、逆にわかりにくくなったり、準備不足になる。そこが難しい。 一般向けの講座の準備がぎりぎりになるのはそうした、意思決定・判断の「ゆらぎ」によるものだ。

ーーー
自分では、早口で100分くらいのスライドのつもりが、結局120分超となってしまった。
いざ現場になると、やはり「噛み砕いての解説」に意識が向く。
事前に内容の絞り込みをする時間がなかった。

ーーー
準備の中でわかったことがいろいろあった。
これは私にとって収穫だった。

ひとつは、以前にも書いた、地域自主防災の枠組みについて
もうひとつは、避難勧告等の情報伝達系統についてである。

前者については、

・名古屋市では、各学区単位で
「まちづくり協議会」なるものがあり、
諸関係者から組織され、防災に限らず、地域の安全や安心についての協議をする枠組みがある。

・自主防災については、通常自治会単位での自主防災組織が(名簿上)あり、そこでの普段からの自主防災活動や訓練に関しては、
 区の総務課が組織化、防災NPOの紹介や要援護者の情報提供などのサポートを行い、
 消防は、技術的な訓練などの指導
において、サポートしている。自主防災での地域での活動については、市や区がリードするのではなく、地域の自主性・自発性を重視して、あくまでサポートに徹していることが特徴である。(これを私は、正しいと思う。) NPOなどが積極的に関与するのがよいだろう。
 それは、自主防災は、公助、たとえば指揮命令系統が切れている状態、あるいは、すぐには救援が見込めない状況下での活動もありうるし、そこでも「公助」と頼る状況では、自主防災の意識向上はそもそも見込めないからである。

ーーー
その他に、ネット上で知った事実がある。

こうした自主防災、特に役所からの指示系統が手遅れになりそうな状況かでの自らの判断を行うためには、情報が必要になる。

特に水防災は地震と違って、突然瞬時に現象が起こるのではない。

そこで、世帯や自主防災組織(の情報班)は、状況がどうなっているのか、気象警報・注意報の情報はどうなっているか、などの情報を適切なタイミングで得ることが重要だ。

これまでに整備されてきた、気象庁・防災情報の情報提供サイトでは、河川水位、雨量、気象状況などの情報提供。 これらは、こちらから見に行かないと得られないものがほとんどである。これをPULL型の情報入手と呼ぼう。

一方、特定の地域では、その地域での雨量や警報、河川水位の限られた地域の情報が必要なのであるから、ある条件を超えたときに、そのタイミングで手元に強制通知する仕組み(PUSH型と呼ぶ)が、自主的な行動には必要である。

特に、避難勧告・避難勧告準備情報、避難指示といった情報は、その発令のタイミングで確実にユーザに届くべき情報である。これこそ、PUSH型の情報提供がほしいものである。

これらについて、私は、未だ整備されていない、と思っていた。
いや、河川水位などについては、一部のサイトでは特定のユーザ(たとえば自治体関係者や有料契約者)に、PUSH型の提供があることは知っていた。しかし、一般向けはまだまだ、と思っていた。

しかし、名古屋市では、すでにある。
避難勧告等が発令されたら、メールで通知するサービス。
中部電力が、一般市民向けに提供しているのだ。
http://www.chuden.jp/anshin/
特定の区や地域に限定したサービスではない。
市のどこかで発令されたら、すべて流れてくる。
しかし、ないよりははるかに「まし」である。

知らなかった。

この他にも、
中部地方整備局もPUSH型の
メール通知サービスを行っている。
雨量情報、気象警報(大雨・洪水・高潮など)や、地震・津波、などの情報を、ユーザが必要とする項目を選ぶと、それらの情報があったら、それを通知してくれる。

特に、気象警報に関しては、メディアで見ていても見過ごしがちになるし、常にテレビなどを見ているわけではないから、注意報・警報の発表のタイミングで知らされることは、個人レベルでの「防災アンテナ」をリアルタイムで張ることにつながると思う。

これらの登録を携帯電話のメールアドレス宛てに設定するには、注意が必要だ。
携帯電話のメール受信の設定次第では、
・携帯以外からのメールを受信拒否
・メールの中に、URLリンクがあったら、拒否する。
・特定のドメインやメールアドレス以外を受信拒否する。
などが自身がしらない間に設定されている場合がある。

私自身が登録しても、メールが届かず、「おかしい」と調べたところ、上記の1,2番目に該当したために、届いていなかった。

このあたりの面倒くさいところが、一般ユーザには敷居が高いかもしれない。

ーーー
鉄筋コンクリート造りのマンションの4階に住んでいると、雨がどれくらいひどいか、ということはわかりにくい。(自分の部屋の前は、川なのでよくわかる。)
豪雨時には、防災スピーカや、水防団などの広報車の音も聞こえにくくなる。

それを考えると、速やかに住民に直接伝達される仕組みの確保が、共助・自助には必要である。その具体例を紹介できたことで、少しほっとしている。

===

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2009年6月26日 (金)

名前があることの,罪.

■一部書き直した■

===今日の日記
・午前に来年度授業のシラバス作成.
・昼過ぎに牧田川へ現地調査

=== 牧田川

今日は,伏流水挙動の把握のための予備調査に,牧田川に出かけた.
作業は,うまくいかず,課題が残った.
準備不足である.
実務的にはかなりがっかり.

復活したGPSも,谷が狭すぎて,肝心な場所の位置どりができない.

しかし,
今日は晴れすぎず,現場は快適であった.
魚がいっぱい泳いでいた.
婚姻色のものもいた.

Kc3a0056

すばらしい山あいの川.
Kc3a0057 Kc3a0058

一部流れがきついが,成長した子供を連れてくるにはよいだろう.
調査抜きで一日中いたい場所である.

===
=== 雑感.

ーーー 
マイケル・ジャクソンが亡くなった.
自分が中・高の頃に突入したMTV・映像の時代をリードした音楽のアーティストである.
私より上の世代は,ジャクソン・ファイヴのマイケル坊やとして知られているだろう.
この20年は,メディアによってスキャンダルのスターのようなイメージが作り上げられてしまっている.しかし,アーティストの間での人物・能力の評価は本当に高い.残念なことだと思う.

以下は,本人がデザインしたものではない.

音楽に映像を付加することをスタンダードにしたことは,エンターテイメントとしてのパフォーマンスを高めたと言う点では,一つの進歩だったことは否めない.

その一方で,音楽だけを楽しむ,という楽しみ方の機会を減らし,場合によっては映像を強制的に付加されることで評価が損なわれた楽曲も数多だろう.

ポップス,ロックなどの音楽シーンでは,この映像付加という縛りによって,楽曲自体の優れたものや,プレイヤの優れた能力が開花するチャンスも低下した. 要するにビジュアル重視に移行し,音楽単体として世に出る機会が失われたのだ.その結果90年代以降,楽曲の進歩は大きく低下し,それは,今も続いている.私はそう思う.

MTVの存在の功罪.
アートの質という点で考えると両者あるだろう.

ーーー 敵地でもインタビュー
今日も早く帰宅し,テレビを見ながら夕食をとっていた.
今日は珍しく野球中継が3つも流れていた.

千葉ロッテと日ハムの試合.
ダルビッシュが8回初めまでノーヒットだったが,本調子ではなく,また断念.
5-0で日ハムが勝ち,勝利者インタビューを見てちょっと驚いたのは,
この試合,千葉の球場にも関わらず,インタビューが館内放送で流れていたことだ.

確かに日ハムファンが多くいたことはいたが,セリーグではあまりそういうことはなかったような気がする. いいことだなぁ,と思った.

ーーー ノリの悪い,名古屋人.
これは,一部業界では有名である.

例えば,冗談の好きな大学の先生はかわいそうである.
何か言っても,全く,ノーリアクション.
こんな学生に楽しく教えよう,などという気になるわけがない.
これだけで学生は,損をしている.

(大学の場合は,もうひとつ理由がある.それは高校までに,子供たちが授業での双方向性の欠如を「快適だ」に思うようになっていることである.)

名古屋で受けるアーティストは,全国でも売れる.そういわれるほどひどいらしい.

現地調査の帰りの車での話題.

ーーー 科学という言葉.
科学とは何か,について,正しい感覚を持つことの大切さを思い知らされることが立て続けに起きた.例えば新型インフルエンザであったり,DNA鑑定の技術であったりである.これらをテーマにした紙上討論が朝日新聞に掲載されていた.

高度経済成長や,鉄腕アトムなど,昭和30年代後半以降,科学とか技術とか言う言葉への,「信仰的なもの」が世の中に定着した.これが問題である.

自然科学を研究している者は,「科学」とは何かを知っているはずだ.
「科学的な」事実,手法,などと呼ばれるものは,その根幹である科学的に証明されている「ことになっている」法則や事実や,それを根拠・利用している手法・技術である.

「ことになっている」,ということ.

それは,「いまのところ,これに対する反証可能な信用できる証拠や現象が,観測されていない」,ということである.

逆に言えば,信用できる反証可能な現象が観測されれば,その法則では十分ではない,ということになる. つまり,科学を支えているのは,仮説であって,仮説としての法則なのである.

法則などの有機的集合としての「科学」は絶えず少しづつ修正され,うごめく.

あるときはとんでもない理論がより広範な現象を説明できるようになり,劇的に修正される場合もある.

それが,科学である.
そういう危うさがあることを知っている.
「仮説」の集合としての科学.
そうした言葉で書くと,科学とは,かなりいい加減なものに見えるが,ここでの「ミソ」は反証可能である,という自由度を残しているにも関わらず,それを退けているという事実の集合だ,というのが,科学を自立可能とさせている.
 
さきほど,思わず自分で書いた,科学は「信仰的なもの」ではない,という表現は,まさにぴったりである.宗教が根拠としているものは,例えば「神はいる.だが,いまのあなたには見えない」というような,反証不可能な主張であるからだ.

①科学はいかにも頼りなげなのにそれを信用し利用することは,あたかも宗教的だが,
②実際には反論不可能な主張で構成されているのではない,という点で宗教的ではない.

一方で,「科学とはまやかしだ」などといって,科学がいかにも怪しげである,とあおる人々がいる.これは,上記の①である感覚を利用して,②を貶める主張である.こうして,自信のないわれわれ一般の国民は,振り回されるわけだ.

話を戻す.

DNA鑑定が,足利事件で当時あたかも,犯人特定の揺るぎのない事実であるかのうような証拠として取り上げられたことは,科学的な事実としてのDNA鑑定方法における科学のせいではない. その手法が,どれだけの範囲(レンジ)で個人を特定できるのかという事実を全く無視し,自白とのセットになった時点で,犯人本人であるという「事実」にすりかえられたことにある.

つまり,このDNA鑑定を利用し,犯人の断定のために使っている人間・組織の無理解にある.そして,メディアもそれに加担した. 当時の警察もメディアも,自白とセットになった時点で,犯人の特定に間違いない,と判断したとなっている.

この頃のDNA鑑定は,血液型よりははるかに対象者を絞り込めることは確かだったが,確率的にはまだまだ対象となりうる人数は多数であった.このときの確率がP1としよう.

仮に,もうひとつ別の証拠があり,別の方法で絞込みがなされ,このときの絞込みの確率がP2とする.これら2つの方法に,全く関係・相関がない場合,絞込みのための確率はP1xP2となる.前者が1000人に1人,後者が100人に1人,絞り込める方法だとしたら,結果として,10万人に1人,という確率に絞り込める.

一方,自白は,自然科学とは関係がない.確率,という数学・科学を利用するとしても,絞込みの理由になっていないものを掛けるわけにいかない.

自白との組み合わせは,全く科学的ではない.

こうしたことの発端は,「科学的」「DNA」というフレーズに,信仰的・宗教的な絶対性を求めてしまっていることにある.

そういう意味では,名前がある,ということは罪をもたらす根源になっている.

そう思うのだが,どうだろう.

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2009年6月25日 (木)

川に夏が来た。

===これは日記です。
・矢作川へ、現地調査。
・帰学後、授業。
・消防署へ、取材。
・帰学後、多少の雑務整理ののち、帰宅。
今日は、疲労のため、早々に帰宅。

=== 夏です。
学生8名と出かけた、現地調査。
目的は、ツルヨシの生息環境の違いを見るための予備調査。

・まばらに低く生えるところと、
・密生して高く生えるところ

これらの場の環境の違いを見ることが目的である。
(卒論レベル。試行的ではあるが。)

これと屋上栽培実験とセットで、伸びる伸びないを議論する材料とするのである。

今日のところは、ここを将来みることとした。砂州の上で、上流を見ているのだが、左は堤防側、右は実は砂州上の孤立的な植生。(上下流に20mほど、幅5mほどの、島状の植生マウンドである。)
Kc3a0039 Kc3a0038

この低いところを這っているのは、「ランナー」と呼ばれる匍匐肢(茎)。茎でも根っこでもない。種子繁殖もする植物だが、栄養繁殖もする。

両方の写真で、出水前はランナーが左の方にまっすく伸びていたはずだが、出水によって砂は掘り起こされ、下流に流されて、放物線上にランナーが延びた格好になっている。小さい芽が見えているが、これらが1か月もたてば、間違いなく個別の、高さ50cm程度までに低く成長した株となる。

一方、右側のマウンド上の密生植生は、すでに高さ1.5m程度までに成長している。

この両者を7-8月頃に見ることになるはずだ。
まだ出水はあるだろうから、大きいものが来れば、両者ともリセットすることになるが、それは分からない。しかし出水期が過ぎて、9月の出水期前には違いは出ることが経験的にわかっている。

今日は、これらのコドラート(観測区域)の設定と、これらの撮影および、水準測量を行っって、作業は50分ほどで終了。砂州を観察する。
ーーー
流量が多く、出水後の低減が終わっていないようだ。
Kc3a0042

すでに、夏が来ている。

Kc3a0046
水位が高く、砂州上に一時的に浅い水路や、わんど、たまりができている。
アユの稚魚などが間違って登るようだ。
サギと思われる足跡があったとのこと。しかし、自分は見ていないくらい少ない。たまりやわんどの面積が大きすぎるようだ。もっと狭まれば、彼らもえさ場にするようになるだろう。

出水で土砂が砂州上から本川に戻るように堆積し、そして侵食されてできた30cmほどの、崖。
Kc3a0049Kc3a0050 

水はやや冷たい。(裸足で入ると、川底の中の方が温かかった。)

=== 取材。
授業のあと、昨日の南区役所につづき、南消防署へ、取材に出かけた。

・自主防災活動への支援。
・避難勧告等の情報伝達の実態。
について、インタビューするためである。

そこで、自分の誤解していたことがあることがわかった。
区では、地域の避難勧告等の地域や情報伝達について、固有の判断することはない、とある別の会議で聞いていたのだが、それは正しくない、ということだ。

区長を本部長とする、区の災害対策本部でも固有の情報収集と判断を行っているのである。形としては、避難勧告は市長が行うこととなっているのだが、事実上の地域(学区やそれ以下のスケール)に対する意思決定は区でなされているのである。

また、自助・共助に関しては、名古屋市では、主に以下のような体制を取っている。

・学区単位で「防災安心まちづくり委員会」なるものがあり、これが中心となって、防災安全まちづくりの運動がなされている。これは名古屋市の全学区にある。災害(それも水害だけでなく、地震・火災など)や防犯も含めた活動を、地域で行う枠組みである。

・地域での実際の防災活動の枠組みは自主防災組織で、これも公式のものである。自治会・町内会単位で、組織されていて、情報・指示伝達系統はこれらと消防団になされている。これも名古屋市ではほぼ全域で組織されている。(活動実態はともかく。) さらに、避難行動などをリードするのは、「組」単位である。実際の被災前、被災時の(避難などの)初期行動はこの単位で行うことになるので、重要だ。

・一方で、自主的な「共助」、特に災害弱者になりそうな人たちへの支援については、公助としての枠組みはなく、また、公式の地域防災計画などで個別に対応することは決められていないようである。そのため、地域で自主的に災害弱者(要支援者)をサポートする共助の体制をつくることが進められている。 ここでの「ミソ」は、役所が言いだしっぺになっていないことだ。 要支援者を役所がすべてカバーするのは、不可能である。 要支援者対応だけでなく、地域での防災を地域で考えて、対応できるようにする、そういう意思を地域が持って、やろうとすることを市は勧めている。 そして、その組織化や要支援者がどこにいるか、などについては区の総務課などがサポートし、防災・避難活動の場面に関する技術的支援を、消防が対応している。

ーーー
とりあえずは、これくらいの体制であることまでは飲み込めた。
実際には、地域の(防災)NPOなどがリードしている場合が多く、広域的にはレスキューストックヤードなどが、防災活動のリーダーの講習や、訓練などのアドバイスや実施サポートを行っているケースが多いようである。(その話は、別のところで話を聞いている。)

ーーー
一方、もうひとつの課題である避難勧告等の情報伝達の状況については、想定通りの状況であった。 スピーカーやメディアによる伝達の他、広報車(消防に限らない)によって回ることは行っている。

一方、豪雨などで戸別訪問で注意を呼び掛けるのは、特定の急傾斜地などに指定されている地域の世帯などにほぼ限られているようである。

よって、豪雨時に外の広報車やスピーカーの音が聞こえない場合、伝達のチャンネルは事実上メディアに限定される。むろん、自主防災組織での連絡網がしっかりしているところでは、それらによる伝達があるはずだが、都市部でこの部分機能しているかどうかは怪しい。実際、自分がマンションに住んでいて、誰かが知らせの連絡をしてくる、という状況は想像できない。

ーーー
今後はやはり、自主防災会(組織)と、防災NPOへの取材が必要だろうと考える。

ーーー
名古屋市は、実は防災に関して、立派な冊子を作っている。
後日紹介するが、ここで感心したのは、地震マップについては紹介しているが、洪水ハザードマップは紹介されていなかったことだ。 

一見、私のような専門家が「何で使ってないんだ!」と怒るべき場面である。しかし、何度もこのブログでも書いているように、現在のハザードマップは大河川の、きわめて規模の大きい氾濫に対する想定浸水のみを図示している。名古屋市北西部は4mの浸水深さで1階は全滅。その他も床上浸水域は広く発生するような図になっている。これでは、「危なさそうなところに住んでいる」ということがわかるだけで、避難などの行動につながる情報になっていない。

だから、洪水ハザードマップに一言も触れていないところは、実際の住民の目線を意識しているのかなぁ、とちょっと感心したのである。(全く違う理由でそうなっているのかもしれないが。)

===

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つい熱中して、眺めてしまう、地図。

==今日の日記
もう、昨日になってしまった。
・授業が3科目。
・区役所に話を聞きに行く。
・そのための事前情報確認。
・不調GPSの回復を図る。
・明日の授業の準備。

で、翌日になってしまった。

===GPSが不調。
一昨年から、GPSのデータ収集用に使っているPDA(携帯端末)が不調。

電源が落ちる、再起動が終わらない、などのトラブルが頻発。
特に暑い日に起きるようである。

しかたがないので、ノートPCでデータを取れるように試みた。

夜になってしまったが、テストのため、ノートPCを持って外をうろつく。

ゴーストバスターズばりの、UFOのような形をした、アンテナ付きのオレンジリュックを背負い、液晶の明かりの浮かぶノートPCを抱えて歩くのである。

校舎周辺の一般道である。

かなり「怪しい奴」である。

1時間以上のタイムロスの上、「変換ケーブルが使えない」という判定で、GIVEUP。

部屋に帰ろうと思ったら、入館用のカードを部屋に置いてきてしまい、閉めだされる。

こういう日もある。

幸い大学院生がまだ残っていたので、実験室から内線電話で、「開けてー!」

=== 空間情報
木曜日に担当している授業は、空間情報を読み解く基礎的な科目である。
地図を読んだり、その場所の特性を考えたりする。
私が今やっているのは、不動産、つまり建物を想定し、
災害などによる建物に不利な場所かどうか調べたりすることである。

地図、航空写真、地形分類等のいろんな空間情報は、ネットで調べられる。

地質図や、植生図などがデジタル化(GIS化)されていることは知っていたが、地形分類・土壌などの図面もデジタルアーカイブに変換されつつあるらしい。

見ていたら、あれも、これも、と使いたくなるし、
見ていて、面白い情報があるので自分が夢中になってしまう。

実家の近くの地形分類図を見ていたら、旧河道が近くを通っていることがわかった。
「こんなところに、昔、川があったんだ。へー!」

それで日が変わってしまった。
前回の準備のときもそうであった。
図書館から借りてきた本の地図を見るのに熱中してしまった。

これからは気をつけよう。

=== 取材。

思いついて、役所に取材に行くことにした。
今日は、区役所である。

何かというと、地域防災の実態をよく知っておこう、と考えたのである。
まずは、役所側からアプローチしている。

知りたいのは2つ。
・自主防災の現状。
・避難勧告は、どのように住民に届くのか(届かないのか)

このことは、あとでまとめて書くことにしよう。

明日は、消防署に行く。
===

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