2012年5月26日 (土)

クローズド・キャンパスと学園祭

今日は,大学の学園祭の日.

まだ朝早くの中央ステージ.
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子供向けのスペースの近くで.
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このあたりは余裕があるが,会場入り口付近はごったがえしていた.
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なぜ,私が大学にいるのかというと,
オープンキャンパスを並行して開催していたからである.
私は,学科・専攻の出し物の担当兼世話役なのだ.
まったく似合わない仕事である.

専攻主任,H先生による専攻とそのお仕事や特徴の紹介.5分ほどのはずが,ありがたいお話をたくさん紹介いただけるのだ.土木と建築の違いの話は,いつもわかりやすい.
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私はというと,津波災害(大槌中心)とその復興の紹介と,それに至るなかで土木・環境関係の仕事が果たす役割などを,パネルを使って紹介.
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パワーポイントという方法もあるが,少人数に対しては使いやすいツールだ,と思った.

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難点は,立って見て貰わなくてはいけないことだ.

10分弱が限界だろう.それ以上ならば,パネルを誰かに持ってもらい,紙芝居形式をとるか,PCスライド大画面というのがよいように思う.

このオープンキャンパスでは,ある受付があり,そこで,所定の出し物3つづつを見て回る「ツアー」どおりにつれて回るというしくみをとっている.

つまり,この専攻のものを見た人々は,ツアコンに連れられて,ほかの専攻の出し物2つも見て回るという形式である.


ーーー 噴火

よって,受付にそのツアーの希望者がいなければだれも来ないということだ.

しかし学園祭併設のオープンキャンパスというからには,学園祭の一般参加者が自由に出入りして,展示を見て貰えるメリットがあるはずだ,と思っていた.
ふらっと見てくれる大人もいるかもしれないのである.


ところが,この会場は建物が立ち入り禁止区域になっていることがわかり,

「おじさんは怒った」のである.

「クローズドキャンパスじゃないか!」


大学祭のイベントのための外部関係者の控室などがあり,そういう措置をとっていた.それはよいが,どうしてそこがオープンキャンパスの会場になっているのか...要するに,部屋が足りないのである.もうちょっと,アレンジメントでどうにかならないものなのか.


そういうことで,Facebookに一応案内を出したものの,クローズドキャンパスであることがわかった,と言うコメントを付け加えて,かつ,建物の入り口で門番とけんかしてください,と書いておいた.

広報として位置付けるにしては,コストパフォーマンスが悪すぎる.
全くどういうつもりだ
効果を最小化したいにちがいない.

無給で準備するのはよいが,これではやる気も何もあったものではない.


ーーー
 .
 .
 .
結局毎日怒っているのである.


そのうち「ヒステリー症候群」とかいう病名をつけてもらって,仕事を休ませてもらおうか.

とアホなことを言えるうちはまだ大丈夫だろう.


笑って,ばっさり仕事を切れるにちがいない.
真面目にやるようになったら,続けられないだろうから.

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ちなみにこのイベントは明日27日の14時まで.
パネルを見たい人は昼前後にどうぞ.

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2012年5月25日 (金)

この1週間の写真

この1週間の写真

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水曜日.市内の会議から戻り,実験の授業.
この日は,「管路」の実験.梯子に上っているのは,マノメータ(ピエゾ水頭)の測定.
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「見学」 近くの保育園から.何か保母さんが説明している.それは・・・
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ここが,「津波が来るときに,逃げる建物だ」ということです.
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ーーー 今日

昼前後に,矢作川下流に,卒業研究関係.

ヨシ原.
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河口干潟.手前は人工,沖は自然.
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貝の漁をする人.
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ーーー お土産

岐阜の川島サービスエリアで学生が買ったものをプレゼントしてくれた.
すごい.私は実物を見たのはたぶん初めて.
決まり文句の方しか知らないし,CMも見たことはない.
つまり,オヤジのギャグで,ということである.
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当地では,あたり商品だそうだ.
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ーーー 被ばく?
昨日の朝の,線量計の値.43マイクロSv.
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今日の夜.単位にご注目.11.61mSv.
マイクロではない.ミリである.年間レベルだ.
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特定の周波数を出す携帯端末が近くにあると誤作動するらしいが,
自分の携帯などは該当しない.(していたら,とっくに検出されている.)

今日は160km以上移動しているし,普段いないところにたくさんいたから,
誤作動だとしてもそれは何が原因か,
そうではないにしても,どこで被ばくしたのか,
不明である.

うーむ,どこだ?

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2012年5月23日 (水)

販売の慣習と価格・数量形成

こういうのは,ミクロ経済はどう説明するのだろう.
価格形成と販売量の成立について.

「あんたらには教えないよ」 下町のカバン屋に値札がない理由 : J-CAST会社ウォッチ
http://www.j-cast.com/kaisha/2012/05/21132594.html?p=all

とりあえず,考える.

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皮肉な投資効果

今引き受けている仕事で,大変皮肉だと思っていることがある.

ーーー

ある連続公開講座をやる.その運営の会議に参加している.
公金で行うのである.

その連続公開講座にかかる予算は,100万~150万くらいの規模だそうである.
県とはいえ税の120万円は個人から見れば大金である.

人口が600万人とすれば,一人0.2円を出している計算である.

払っている税額から見れば,講座一つで出す支出としては小さい割合とは言えない.
個人県民税の収入は3000億円であり,人口当たり5万円の徴収であり,
仮にその中から出す計算とすれば,
その4/100000の割合で講座に投入するということになっている.

小さくとも,無視できない数字である.

さて,この講座はある公共事業について,(賛成反対はともかく)広く県民に知ってもらうことが目的となっている.

この目的を達成するには,広く県民に,つまりより多くの県民に講座を聞いてもらうことが目的達成の一番の評価軸となる.

そうすると,広報や広報のための工夫が必要である.

広報や,そのための工夫について手を抜いたとしよう.

その結果,20人や30人しか聞かないのであれば,120万円の投資は高コストということになる.なぜなら聴衆1人が聞くのに4万円や6万円ものコストをかけていることになるからである.税の支出としては,ありえない話となる.

では,聴衆を人口の1%と設定したとしよう.1%では,「広く知ってもらう」と言い切るにはあまりに小さいと思うのが私の感覚であるが,それは個人の差があるらしい.

1%と言えば,6万人である.

当然,6万人も入る会場はないわけであるから,何回も実施するか,ネットなどで見てもらう,などという手段が必要となる.

さらにその1%が講座を直接聞く,としても600人である.
600人がいっぺんに聞ける会場で,タダで借りられるところはない.
そんな箱は用意できないということになり,用意しようとすれば,たいていは多額の会場費を用意しなくてはならない.

しかし,そんな予算は手当されていなかった.



その前に,別の問題もある.


そんなハコを用意しただけで,そんな多くの人が聞きにこようとするかどうか,というと,そんなことは非現実的である.なぜなら,関心がない県民に来てもらうインセンティヴはそもそも乏しいからだ. そうなると,2つの問題がある.

一つは,広報に相当な工夫が必要となる,ということである.県民にとっていかに自分に関係しそうな話題なのか,関心を持ってもらえるものなのか,というアピールのみならず,広告業界のようにあ場合によってはだますようなこともありうるかもしれない.そして,そういうアイデアや工夫には,費用が必要となるのがふつうである.

しかし,そんな予算は,最初から用意されていない.

つまり,目的と予算は全く対応していないことになる.私が県会議員であれば,「どういうつもりでこの予算を組んだのか?」と県知事に問い詰めるだろう.

もう一つは,そういう現実的な状況を考えると多くは聞きに来ないだろう,せいぜい200人くらいまで,というように考えると,それを認めた段階で,そもそもこの企画には矛盾があることになる.つまり,広く知ってほしいと思いながら,多くは聞きにこないだろう,と言う予測を立てるからである.

そうなると,この企画の前提条件が矛盾しているということに他ならない.

ーーー
県側は,予算を通してしまった以上,とにかくイベントを実施し,予算を消化したことにしたい,と思うに違いないが,それは決算の段階で,攻撃材料となるだろう.

つまり,
・税を投入した効果はどうなのか.(多くの聴衆を得たのか)
・そもそも,企画と予算に矛盾がなかったのか.
ということである.

そして,もっと皮肉なことに,より多くの聴衆を得るためには,広報や会場費というより高いコストがかかるということである.しかし,相対的に多くの聴衆を得れば,一人の聴衆を得るのにかかるコストは安くなるのである.

たとえば,3倍のコストをかけたとしても12倍の聴衆を得られれば,効果に対するコストは1/4で済んだことになる.つまり,これくらいのスケールならば,広報の効果があり会場を大きくできる条件下において,投資効果は高くなることになる.

もちろん,3倍のコストをかけて2倍しか聴衆が増やせない,ということもありうる.その場合は全く駄目である.

仮に10倍スケールでも,それが300人の聴衆であった,ということであれば,人口の0.005%が聞いたことにしかならない.

ーーー

公共事業に関する話題で講座をやるのに,
こうしてみると,現在は大変皮肉な状況にある.

運営会議のメンバは,そんな状況に投入され,一体どうしろと言うのだ,と私は思っているのである.他のメンバは楽観的なのかもしれないが,県税を使っている状況で私はそんな気にはなれない.

これからも,この点についてはいちいち発言するだろう.
会議が無駄遣いしているのではない.そういう皮肉な,自己矛盾した環境に投入されていると言い続ける.そうしなければ,説明不可能になるからだ.

「言い訳ばっかりしやがって」

と多くの人は見るかもしれない.
私を黙らせたければ,そう言う発言をすることをお勧めする.

多くの人がそう思うならば,私はいつでも撤退するつもりだ.
広報やイベントの専門として加わっている訳ではない.

そもそも自分は自分を人選できないし,
ミスキャストであることはすでに認めている.

事は,企画のマネジメントの問題である.
不適な人材は先に排除し,広報や運営に役立つ適切な人材を投入する.

それが公金を使う,より正しいマネジメントではないか.


=== 追記

この講座の運営会議において,自分は交通費を受け取っている.
この費用に投じられる県税のことを考えると,という意識で書いている思っていただきたい.

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2012年5月22日 (火)

社会のWildnessと高校の保護環境の狭間で

最近よく思うこと.

大学というのは,社会のWildnessと高校までの保護環境の境にあります.

たとえば,書類一つ書くのでも,高校までは,「こういう風にレポートは書くものですよ」というくらいならばまだましで,実際には固定した解答欄が設けられ枠の中に書き込むだけになっていたりする.一方社会に出て自由度を与えられた瞬間に「どうすれば相手が読みやすいか読んでもらえるか」などということを自ら考えるのが社会での個人・大人と言うことになります.しかし,それらの間には大きな開きがあります.
...
では,大学ではどういう立場に立てばよいか.大学は「学校だ」と言う人もいれば,大人になったはずの学生が自主的に学ぶ場である,という人もいます.

最高学府なる大学は,本来は後者に立ちたいところだが,現実は社会性も能力的にも未成熟な(あるいはまったく対応できない)入学生が多く入る大学の方が多いわけで,そうなると,レポートがなっていない!とこちらが言っても,依然として「先生,何をどうすればよいかわかりません」という学生が多く,面倒くさがる大学の先生は,枠付きの用紙を用意してしまったりするわけです.

そうなってしまえば,自主的に「他者からどのように見られるか」という視点で考えようともせず,自分の行動をも決められないまま,卒業する学生も増えてくるわけです.

今日の授業の余談で話しました.

「そうしたギャップの間に君たちはいる.いまの大学はぬるま湯もいいところだ.社会に出れば,枠付きの書類も用意されていないし,自分が間違っても取引先からは何も言ってはくれず「沈黙のままの縁切り」は普通に起こる.就職活動でもいちいち向こうが「そこが間違っている」と言うことなく,単に採用されないだけだ.そういう厳しさ,Wildnessの存在を意識したうえで大学生活に臨んだ方がいい.」
「大学の先生は楽をしたいから,いちいち用紙を作ったり,コメントをしたりするが,これ以上,君たちにやさしく対応することは,君たちのためにはならない.」つまり,自分のようにいろいろ先回りして忠告するような教員よりも,いい加減な先生のほうが学生たちの将来のためになっている,と言いたいわけです.

それは自戒を込めての発言です.授業中に話すには適切なことではなかったかな?と思いながらも,言ってしまいました.歳をとったな,と思います.

(facebookで書いた記事を転載)

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2012年5月21日 (月)

今日の記事から

=== 誤報

時事通信 5月20日(日)21時40分配信

パトカーに追跡され激突死=ミニバン運転の22歳男性―札幌

ーーー

正しくは,「パトカーから逃走中に激突死」

なんとしても警察が悪いことにしたいらしい.
時事は警察に相当な恨みがあるのだろう.


=== 自爆

毎日新聞 5月21日(月)12時0分配信

<禁酒令>「やりすぎ」「実効性あるか」…強権発動に戸惑い

(福岡市長の市職員の自宅外飲酒禁止について,市民の反応)

 「1カ月ぐらい外で飲まなくても、家で飲めれば十分だ」。続発する不祥事に、同市のタクシー運転手、○○○○○さん(54)は当然といった様子。

ーーー

商売あがったり,という事態にもものすごく寛容なご様子.
「戸惑い」なんてどこ吹く風.


=== 本論

朝日新聞の5月17日の記事.

「発電所を造り続けるのはなぜ?〈教えて!電気料金〉」

という特集で,大平要という記者の署名記事は,全く不十分なものであると言い切ろう.

要点はこうだ.

ーーー

・2010年度、国内のすべての発電所が発電できる電力は合わせて約2.3億万キロワットだった。この年度で猛暑だった夏のピーク時に使われた電力は約1.8億万キロワットだった。発電能力は2割以上も余った。

こんなに余っているのに、電力会社は発電所をつくり続けてきた。その理由として、電力業界は、ピーク時に必要な電力が10年度からの10年間は毎年0.2~1.5%のペースで伸びるという見通しを挙げる。だが、見通しが甘かったから発電能力が余った。

・普通の企業ならば,見通しを誤ったら損をする.しかし、発電所は違う。総括原価方式により,建設費が無駄になっても、「減価償却費」「修繕費」として電気料金から回収できる。

・この結果、全国に原発が54基もつくられた。

・電気料金に支えられ原発を多くつくり、政府や電力会社は工夫や努力を怠ってきた。原発事故で全国の原発が止まり、電力を確保するためにいろいろな取り組みがあることが明らかになった。

・電力会社どうしで電力を送り合う「融通」を増やす▽「時間帯別料金」をつくってピーク時の料金を上げ、節電を促す▽節電した企業に報奨金をわたす「ネガワット取引」、などだ。電力会社はこれまで、こんな経営努力さえしてこなかった。

ーーー

この記事には2つの大穴があいている.

一つは,発電の供給能力の合計をベースに余裕を計算していることだ.実際にはこれだけの供給能力はない.点検などのローテーションがあるからである.点検によるエネルギーベースの稼働率はどの程度なのか,という点に全く答えていない.原発では近年時間稼働率が70%位だったようだが,火力やそ水力はどうなのかも含めると,2割という余裕を見るかでまったく変わってしまう.(そんなことは,これまでの他紙などでよく言われてきたことだろうに,いまさらなんだ?と言いたくもなる.)

また,実際の数字でぎりぎりなのが正しいのかというと,それは明らかな間違いだ.需要の数値は正確に予測できない.気象条件等の影響も受ける.よって,余裕が必要である.この記事では,2割は大きすぎるといいながら,ではいくらの余裕が適切なのか,という点については全く触れていない.余裕がなかったら,予測がはずれた時にはシステムダウンになるのだが,その危険は余剰に比べれて大したことはないのか同程度か,とでもいうのだろうか.足りていない状況の深刻さを過小評価しているとしか思えない.余裕と不足の非対称性を無視した記事である.

もう一つは,電力価格を固定するために受給の自己調整機能が作用していないことが根源的な要因であるという点に,全く触れていない点である.

受給両側の努力は,どうしてなされないか.その点に触れていない.それは意識がそうさせるのだ,というが,本質的な原因が価格・需要供給量の自己調整が機能しない仕組みであることに,どうして突っ込まないのか.本質を突いてもいないし,解決にも向かわない記事である.

端的に言えば,市場原理に従った供給量調整の可能性にはふれないのだろうか.管理されているから,よりその管理や価格・需要の決定に恣意性や背景的意識が作用してしまい,最終的に需要に対応可能な状況にならなくなるのだ.自動的に受給を合わせようとするならば,市場原理,あるいはその要素を考慮した価格・数量の調整システムを導入すればいい.つまり,ひっ迫すれば高くなり需要が減り供給は増やそうとし,余裕があれば安くなり供給を絞ろうとする,という仕組みである.そうすれば,努力,つまりはインセンティヴが作用するのである.
もちろん,電力は生産財であるだけでなくインフラ・ライフラインでもあるだから,そういうしくみは適当ではない,という意見もあるだろう.しかし,根源的な原因はインセンティヴの作用がなされないことにあるのだから,それをどうするのか,という議論に突っ込まない限り,上っ面だけの話をしているに過ぎないのである.

ーーー
これは新聞社のレベルの話ではない.いまさらこんなところでうろいろ書いているこの記者の問題意識の浅さを問題にしたいのだ.

私は過去にも書いているが,原発は一度全部止めて,1年でも2年でも試せばいい.
そして,停電を何度も経験し,燃料も高騰し,電力価格が上がればいい.国民と産業界は思い知るがよいと思っている.

われわれが現在,いかに異常な状況で過ごしているのかを.


そう思う私でも,上記の記事は明らかに誤った情報を読者に植え付けようとしている.また,タイトルに「〈教えて!電気料金〉」とある.冗談じゃない.

そのことは譲れない.だから,その抗議の意を書き残しておこう.

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豊川を行きました.(追記)

2日間かけて河口から源流まで上った,豊川(とよがわ).

前のエントリ
・豊川を行く その1 はこちら
・豊川を行く その2 はこちら

どの程度の範囲を動いたことになるのか見てみるために,
写真の記録(一部はカメラのGPSの情報)を☆マークでGIS上にプロットした.
(これらすらすべてではない.今回はGPSを忘れた.クリック拡大.)
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まあ,とにかく本川に沿って河口から段戸山方面まで,行くだけ行った,ということだろう.

スタートラインにようやく立とうとしている,というところでしかない.
流域レベルでは,あるいは支川はカバーできていない.
利水の受益地はなおさらである.

これだけしか見ていないとしても名古屋発で名古屋に戻るのにこれくらいの距離を走らざるをえなかった.(かなりぐるぐる回ってしまったところもあるが.)
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そのことを記録しておこう.

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2012年5月20日 (日)

豊川を行く その2

今日は豊川の上流域を見るために,川をさかのぼった.
もちろん,川をすべてみることなど,不可能である.
よって,迷いさまようままに見る,ということになる.

人のいうことを聞いてから見た方がいい,と言う人もいると思うが,自分はそういうスタイルをとらない.さまよい,そこにあるものを見る.楽しく現場を見るためである.

組み立ててから全体を網羅する面的アプローチより,
現場で様々なものを見て点から構成するアプローチの方がよい場合もある.
初期の組み立てが間違っていた場合の遠回りと言うのもあるからだ.
今回は決め打ちせずに,比較的ランダムに見て回る.

前半は宇連川,後半は豊川上流を見た.

説明上,訪れた順番とは異なる.


ーーー 新城市で.

コンビニ(ローソン)で,野菜などを売っていた.高校のトマトを打っているコンビニ,というのもなかなか新鮮だ.
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ーーー 豊川

昨日は牟呂松原頭首工までを見た.

今日はその上流へ.
新城市,弁天橋.蛇行部の狭窄部.
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その上流部,豊川と宇連川の合流点.

下流側
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そして上流合流部.宇連川は浅い.
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飯田線の電車が走る. ラッキー!
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橋の下に見える.これはなんだ?
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ーーー 宇連川

宇連川を上る.その上流の黄柳川合流点.
古い,そして特徴ある橋として有名な黄柳橋.黄柳川の,合流点直上流にかかる.
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合流点を下流に見る.
左から合流してくるのが黄柳川,手前が宇連川上流.

流れは小さく,合流後の流量の大半が黄柳川である.地図上で見ても黄楊川はかなり流域面積の大きな支川だ.
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宇連川の少ない流量はどこからくるものだろうか,ということになる.

ーーー 大野頭首工と取水

さらに上って,大野頭首工.
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魚道も含め,本川への通過流量はほぼゼロ.ほぼ全量が,用水として送られている.
(つまり,黄柳川合流点での宇連川の「この日の流量」の大半は,大野頭首工以降の支川からのもののみだ.よって,少ない流量ということになる.)
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農業用水として,送られる,人間のために使われる目的で送られる水.
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この時期(5月)は晴れの日が多く上流からの流量も少なくなりがちで,かつ,代かきなどの水需要の多くなる時期でもあるため,3月8月とならんで渇水のリスクは高くなる,と私は勝手に思っている.(地域によってそれはまちまちだ)

重力だけで渥美半島の先まで送るには,どの高さで取水しないとならないのか,ということを考えると,この地点ということになるのだろうか.あまり上流だと流域が小さくなり,あまり下流だと高さが足りなくなる.このすぐ上流に,豊川本川の寒狭川頭首工から取水して横流しされている流量を受け入れる口があるはずだが,今回は確認しなかった.
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この頭首工での取水点は,宇連ダム(蓬莱湖),大島ダムでの調整流量を受け入れる.
http://www.water.go.jp/chubu/toyokawa/
ちなみに,水資源機構のHPによれば,一昨日の情報では,
宇連ダムの放流量はゼロ
大島ダムの放流量はで4.97m3/s
ある.

ゲートだが,3門あるうちの2門は,上からのオーバーフローを許すタイプらしい.
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ーーー 分水工

その取水した流量を,左岸,右岸に分ける東西分水工が左岸側の市川というところにある.東側は渥美半島方面が中心となり,西側は蒲郡方面が中心となる.

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私たちの目に触れぬところに,様々な施設があるものだ,と改めて思い知らされる.
それは,下水道の活性汚泥法による施設を見学したときにもっとも衝撃を受けたが,それのミニバージョンに近いものは,ある.

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東側の出口.(トンネル) これが昨日見た,大原調整池のすぐ下を流れていた水路に追儺がっている.つまり,渥美半島方面を主力に,送られている水路ということだ.
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水資源機構,土地改良区等,これまでに幹線水路から末端まで,運用やメンテナンスをしやすくするために,複線化したり,パイプライン化したり,というように更新は改変をしてきている. 開水路ではEの字型に水路の中央を区切るなどの方法があるが,管路はそういうわけにいかない.ここでも最近,西側の管路を複線化したとのこと.

このすぐ近くの豊川を対岸に渡す水道橋.
複線化して新旧,2本かかる.手前が新しい管.
構造上,本管が引張力を担当することになるはずなので,ちょっと不思議な設計であるような気がする.引張側の方が都合がよいのだろうか.
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狭窄部の岸の岩の様子.
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ーーー 豊川上流へ.

宇連川合流点から,豊川をさらに上流へ.
いろんな堰などの名前を見ると,寒狭川という名も持つようである.

横川の堰.
中部電力が取水.不思議な地形と,取水と,オーバーフロー.
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寒狭川頭首工.
こちらは用水の取水のためである.宇連川の大野頭首工上流へ送るために取水する場所とのこと.
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魚道付近から流している.このときは本門扉からはなさそう.
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さらに上流の堰.電力用.
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国道257はこの時点で幹線道路ではなくなる.
川沿いを走る走る.

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石,石積みが気になる.

ダムサイト下流での電光掲示板.
本当は全部数字が入っているのだが,デジカメで撮ると,こうなってしまう.
流量だけは表示通り撮れた写真.
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正しい数値は,
濁度 107.8FTU
水温 17.8℃
気温 23.1℃
流量 5.1m3/s
水位 0.27m

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田峯城のあたりか.
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ーーー ダムサイト周辺

さらに行く.県道と合流後,ダムサイト方面の細い道へ.

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トンネル!素掘りだ.支保がない.
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計画上のサイトの周辺に着いた.
多くはコメントしない.

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川の中には変わった岩,石がたくさん転がっていた.
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魚(食べ方からみるとアユ)がたくさん.群衆なっている.(放流?)
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斜面と表面の様子.間引きされたところと,そうでないところも.
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表面の石.あくまでも,表面である.
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生き物関係 (教えてもらってのこと)

カンアオイという植物(ハート形).
ギフチョウの幼虫の食草とのこと.
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「オトシブミ」という虫のシェルター.中にいる.と教えてもらった.
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いきものを知らない自分としては「へー!」

とうなって,再びトンネルを抜ける.こちらは支保がある.
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ーーー 設楽町中心部に上がる.

ダムの計画通りできも,すぐ近くの設楽町の町は水没しない.
なぜなら,ここからくねくね道を上がってその上に平らな土地があるからである.
V字の谷地にあるとばかり思っていたので,全くの意外だった.

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ーーー 豊川へ戻る.

高いところに町がある,ということ,比較的平面的な地形がある,ということを確認して,別の道から再び同じ県道33号線に降りる予定だったのだが,区間通行止めがあり,少し上流から復帰することにした.全川をつなぐことはできなかった.
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復帰した場所の近くの風景.いいところだ.
生活環境としては,どういうものか,知りたいところだ.
それは都市に住む者の知りたい情報ではないだろうか.
もちろん,都市と同じ環境か,ということではなく,自分の何を変えればここで住めると思うか,都市的な生活スタイルや生き方.そして,地域全体の何が変われば地域が持続可能になるのか,ということも. 「いいところだね」と言うだけで済ますのはよろしくない.
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さらに上る上る.

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下流から一転して,花崗岩質の丸い石,玉石がほとんどとなる.
さらに上流は香嵐渓などでみられるような川の様子になった.
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途中,落差の大きい区間がある.
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道路との相対差が大きくなり,川が見えない.
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そして,本谷と呼ばれる源流の最上流部付近.
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砂防工で行き止まり.透過型の堰だった.
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私は「源流がどこか」ということは,どうでもよいと思っている.
なぜなら,支流と本流を区分することに本質的な意味はなく,それが流路延長が長いものを本川と呼ぶとしても,ただそれだけのことだからである.

支川の源流も,下流の流域から見れば,等しく源流なのである.
流域という観点で見た場合,「どこが源流か?」というこだわることは,全く本質的ではない.

そうは言いながらも,ここまで来た.
しかし,どれが「一番長い」のかは知らないので,段戸山の山頂にいちばん近い隣の「澄
川」の源流へと行こうとした.が,それは阻まれた.
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ここで,今日のミッションは終わることにした.

県道33号から足助方面を抜けて名古屋へ戻った.


=== 今回の旅を終えて

自分自身への記録として,ブログに残した.


とにかく,豊川を下流から上流に向かって走り抜けた.

そう,文字通り走り抜けただけである.2日間では.

もちろん,それで何がわかったといっても,川の近くの地形的なもの,水回り,土地の様子,の見た目だけである.それでも,行かなくてはわからないことはたくさんある.現場の体感を少しは得ることができたように思う.

ここでは水回りの部分しか書いていないが,実際には周辺の地形,風景,暮らしの様子,交通,などなど,感じて思ったことはたくさんある.(思ったことをGPSと連動してログに残して,GIS上に示すことができたら,とても面白いと思うのだが...独り言を言い続けて録音し,GoogleMapでクリックするとそこでの独り言が再生される,なんていうのでもいい.)

その反面,わかっていないこともたくさんある.

一つは,行ってみてもいないからわからない場所がたくさんある,ということだ.
宇連の上流,ほかの支川,も流域も見ていない.
利水で言えば,天竜方面からの利水,受益地側の豊川・蒲郡,渥美半島方面も全く知らない.細かい治水の様子も,環境も,である.

もう一つは,行ってみても,目に見えないからわからないことがたくさんあるということである.たとえば「その時はそうだった」ということが,年間ではそうではないということも多くあり,その様子は,行っただけではわからないということである.

端的に言えば,
「俺が見に行ったときにはこうで,こうで,こうだった.だからこの川はこうだから,全然だめだ!」などと言う決めつけた言い方は,まったくできない,ということである.

・・・・・・・・・

そのことは,逆に,他人にも聞きたいことでもある.
「その情報だけで,その川がそうだ,と言えるのか.それはその時だけの情報に基づくだけで得られる結論なのか」というようなことだ.

ほかにも,多くのことがあるだろう.私は,人文社会系の事柄はまったく疎いし,水利用も治水も,環境も,多くが人間社会や歴史と結びついている.多くの方々はそこから語るだろう.

しかし,自分はそこに住んでもいない人間であり,かかわってこなかった人間である.
だからまずは現状を見始めるところからしか,いまの私が私自身にできることはない.その体感を始めずに何をも語ることはできないからだ.そこでまずは走り回ったということだ.

そんな人間が,何らかの結論をすぐに得られるはずがない.それはたとえ他人が合理的に主張を説明してくれたとしてもである.自分が自身の合理性に照らして判断することにこそ意味があるからだ.情報はもらっていい.しかし,結論としての主張はほしくない.それは余計な情報であり,結局そのベクトルを差し引かなければならない,ということになりかねず,情報価値が減少してしまうからだ.それではせっかくの情報がだいなしである.

・・・・・・・ この先も出かけよう.

さあ,そのさき見えないものを自分に見えるようにできるのか,できないのか.そう思いながらまた出かけることになるだろう,と思う.

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豊川を行く その1

今日は,豊川の下流部を見に行った.

見に行くといっても,何を見てよいかはわからないが,とにかく出かける.

川,土地,水の利用,などのあたりを漠然と見る.
しかし,川筋に沿って行くわけだから,おのずと施設が中心となりがちだ.
そうなりながらも,川の内側,陸地側,を眺め,思いながら,という姿勢だ.

ーーー 海岸・河口部

海岸.三河湾.御津のあたりの風力発電.写真にはないが,対岸には渥美半島方面の発電や陸揚げ港などが見えた.
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堤防は工事中.

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その内側の水域.クリークなど.塩水防除のためのクリークなのだろう.
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こちらは河口部.

国道23号線の橋から上流.左が放水路,右が本川.Imgp4402

そのさらに下流左岸.河口を見る.
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上流を見る.
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河床は,礫が多かったが,これは投入されたものだろうか.不明.
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その内陸側の水路で.
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堤内側は,人的利用と農地利用が多かった.もともと,農地のための埋め立て・干拓のようである.
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新幹線橋梁付近.
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対岸はおそらく,豊橋河川事務所.
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この辺りまでは下流部・河口部付近でよくみられる,河川改修後の典型的な風景だ.

その上流で様子が変わる.ヨシなどが張り付いている.緑が多くなる.高水敷も広くなる.
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水制,石積み護岸など,なかなかいい風景が続く.
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内陸側はこんな土地利用.
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堤外では,畑作で積極的に利用されている部分も目立つ.このあたりの権利関係はどうなっているのか,知りたいところだ.
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ーーー 分派点
放水路との分派点.
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この日は,ちょっと水が多かったようだ.3日前の雨が効いているのか.
右が本川.左へ放水路.
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左へ放水路.普段は閉まっている.

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わずかに水は流れている.
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その流れに上がってくる小魚を狙う鳥たち.
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すぐ下流部の様子.実際には干満で水が動くような状況なのだろうと推察する.
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ーーー さらに上流へ.


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釣り師たち. 適当な瀬がそれなりにある区間に入っている.
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ーーー 取水

牟呂松原頭首工へ.
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左岸側から取水されている.

越流の様子.
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その下流部.
今回は瀬切れはしていない.年間で,どのくらいの頻度でどのくらいの状況で変化するのか,知りたいところだ.
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2種類の魚道.アイスハーバーと,水路式(デニール?).

その近くにあった,神社.
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ーーー 用水関係

牟呂松原から下流の水路を少し見た.
水位・流量を制御する装置.
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対岸側(右岸側)へ送る分岐施設など.
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少し東に足を延ばして,大原調整池.
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これは,大野頭首工方面からの水の調整もするが,基本的には地域のため池の発展型だ,とわかった.また水路との高さよりかなり高く,実際には水路からはポンプ圧送で上げるタイプであることも,意外だった.そういう点ではエネルギー消費,小流量の調整ということになるように思える.


ーーー 霞堤 4つ.

4か所の霞堤防を,下りながら見た.

金沢霞
下流側堤防から上流側堤防を見る.
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加茂霞
上流堤防の下流端.
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その先の末端部での,出水時のかく乱のあと.
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その付近の川の様子.
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下条(げじょう)霞
空いているところに,木材の炭の工場があった.越水したら,真っ先に被害が生ずるところに立っているのは驚きだ.
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牛川霞.
役所は目の前.大きく堤防は空いている.ほとんど遊水地状態だ.
なかなか,出水がなければ,いい沿岸環境である.チャオプラヤ川を思いだした.
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山付き側(支川)の堤防の終わりと,
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本側左岸堤防のおわり.
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ーーー
現場で改めてよくわかったのは,地形的には河岸段丘構造であり,その地形に沿って土地利用や,水の送り方,霞堤などのあり方が定まってきた,ということだ.

もちろん,地図や航空写真などで,そのことはわかるものの,実感として,どの程度のスケールなのか,高さの感覚なのか,ということを知ることは楽しい.

一方で,水の量的な話は,現場を見るだけでは厳しい.
年間変動,頻度と量を合わせて感覚にするには,見続ける,という必要があるということだ.

ーーー

霞については,口が開いているのに,土地利用が変わっているところがある.
市街化調整区域であるはずだが,工場などが立っているところがあるようにみられる.
住宅も過去に比べたら世代交代でかなり増えただろう.

霞堤のような水害の緩和の仕組みというのは,
一見,治水の技術というようにとらえがちだが,実際には社会の技術である.

なぜなら,一部に氾濫を許して,より広い範囲での安全度を高める,という仕組みは,平板な民主主義的な社会の仕組みでは実現しにくくもあり機能しにくく,社会的な合意がそもそも得られにくい仕組みだからであり,それが担保されてきたというところに価値があり,社会の技術だったとも言えるからだ.

実際に,霞堤を閉め切りたいと思っているのは,農業ではもうからないと思っている地主たちである.このことは,メディアでは全く表立たない.しかし,自分の現有資産価値の最大化を目指すことに優先性を置くことは自然なことであり,そういうことはどこでも起こる.

通常は,地主を中心としたら民主主義的な決め方をとってしまうと,総論賛成各論反対となり,自己矛盾に陥る.よって,そうした方法はとられにくくなる.つまり,一様な堤防としてしまい,どこで切れたりあふれたりするかわざわざわからなくする技術が投入されることになる.それが現在の治水の方針だ.

よって霞堤防のように,土地のリスクに差を設けることを明示する方法が機能するとしたら,
トップダウン的に統治される社会であるか,
民主主義的であるとしても市民や地域住民が社会の全体のことを考慮した合理的な考え方の浸透した社会であるか,
のどちらかであろう.

そういう意味で,これは工学的な技術の意味あいは小さく,社会の技術と言えるはずである.

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そのほかにも,土地,水,川,について多くのことを思ったが,今後,頭の中で感覚を整理していくなかで,また書いてみようと思う.

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2012年5月19日 (土)

家下川を行く

今日は,矢作川流域圏懇談会 地域部会 川部会家下川WG の日だった.

矢作川の右支川家下川は大半が愛知県管理の河川.
豊田ジャンクション付近の平地から北部台地にかけてが大半の流域.

みんなで川をみて,課題・解決策について情報交換したり,考えたりする場である.
市民,役所(国,県,市),関係団体(土地改良区),学識者など.
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阿部夏丸さんのご案内.私もスピーカをもって,質問,解釈,場合によっては解説,など話しながら半分ツアコン状態.

家下川流域と言ったが,大半は平地でそこは農業排水路による流域である.これは家下川ではなく,農業排水路系統の最下流部(右が上流,平地)で,ここはポンプ排水たまり.建物は排水ポンプ.家下川と接続するのは少し上流にある.
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これは矢作川に沿って流れる水路の下流端のひょうたん池.
右側は矢作川堤防.
上の写真でいう右側(東側)にあるのだが,実は大昔はこちらから矢作川につながっていたとのこと.つまり上流に向かって流れて合流していた.
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上の本水路(家下川ではない)への接続はゲート一つだが,ほとんど流れていない.
昔の出口であった矢作本川方面へも出口があるが,このゲートのトンネルよりもさらに高い.
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この池への流れは,昔,矢作川が天井川だった頃に伏流水がわいており,それを集めていたとのこと.今はそれがなく,しかもしみこみ逸失しているのだろうから,本当は上流から取水して,水を回してもらっても,理屈には合うのである.


ーーー 堤防に上がる

そのポンプ所とひょうたん池の排水側.向こうが矢作川.
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こちらは家下川.上流側,矢作川堤内側.
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ブロックで段落ち.手前が国交省の区間.
向こうが愛知県管理区間.
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手前の高さが,完成の河床高さだが,
県区間は,まだ掘削が終わっていない.
河川整備はすでに暫定の10年レベルは終わっており,
最終目標の30年に一度の出水対応の整備はいつのことやらわからない.

この段落ちもまっすぐなギャップではなく,隙間がありながら,小さな流れがたくさんある流れなので,生き物の行き来はしやすいだろう,とのこと.

右が,先ほどの農業用水路幹線から受け入れる合流のゲート.
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家下川が増水の場合には,上記のゲートを閉めたうえで,
本当に氾濫しそうなまでに水位上昇した場合に,農業用排水路の方へ越流させる,堰.
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農業用排水路の出口はポンプが動いているから,そちらへ,ということだ.

そんな事態になっていたら,もう,かなりの氾濫が生じていることになる.


再び,その幹線水路を見る.
今日は雨のあとということで,少し水位が高いらしいが,冬は本当に浅くなって,生き物のための容量が小さくなる,とのこと.
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この下流部の特徴としては,
上流部平地の農地の水路と,家下川がすべて集まる地域で,過去に,治水的事業,農地排水としての状況,などの経緯が大きく変化してきた地域であるということがわかった.

特に水周りの関係は劇的に変化してきたことが,話でよくわかった.


ーーー 家下川
少し上流に歩く.

右岸が台地側.下流を見る.
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上流を見る.
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アシが多い.年に何回か子供たちと刈るそうである.

アプローチが作ってあり,ウナギなどが隠れるように石を県に置いてもらったとのこと.あっというまに住み着いたらしい.

こちらは農業排水路.
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自然についたのではなく,土と植物を入れさせてもらって,このように定着した.こうした場所があることで,生き物は本当に多く住んでいる.昨年秋もそうだったが,今回も小魚の大群が泳いでいた.

南北の水路.
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幅広なのは,平地で勾配がなく,設計上の流量に対して,流速が出ないので断面で稼ぐ設計になっているからだ.

完全な三面張りなので,土砂が定着しにくいらしい.(流されてしまう.)

家下川もそうだが,乗っている土砂はほとんどシルトだそうである.

あと,この写真で左右に移っているのは,麦で,この付近一面,である.
まるで秋の風景に見えてしまう.地域でローテーションでこうしているらしい.


三面張りの底に穴を掘った現場.昨年も見せていただいた.
今日もお魚さんはたくさんいた.
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内部の底は泥(シルト)でできているので,
穴の周りに杭を打つなど,慎重な対応が必要だった,と元県の内田さん.
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そういえば,水が濁っているのは,阿部さんによれば,平地の田んぼからくる農業排水路のは黒っぽく,台地の田んぼから来る家下川では赤白っぽい.そういわれれば,かなり違う.

ーーー 水田魚道

先の南北水路の北の方で,水田魚道をやっているとのこと.
メダカなどに加えてタモロコの小さいのがたくさん上がるとのこと.
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ここで議論になったのは,冬,水が全く来ない.
そこで,堰板で水をためておいて,生き物が残れる場を作っているとのこと.
では原風景は?とみなさんに尋ねると,堰板でやっていた用排水路のころは,底面はコンクリートじゃないし,水は来なくても水は少なくとも溜まっていた.河床がフラットだから,水がなくなってしまい,せせこましく冬を越せる場所すらなくなってしまう,ということで,水張りをする場所作り,生息場を維持するという方法を結果的に地域の方は採用している,というのは面白い.

ーーー 家下川
先に書いた,その赤白い川.
こちらが上流
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こちらは,草を除去した幅広い川.
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ーーー
このあと,室内に戻り,議論等があった.

会が終わった後,見られなかった現場を見に行った.

家下川の上流部で,明治用水幹線と,東名高速の三重立体交差の部分.
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上流側.

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急激に狭くなっている.それだけではない.
下流から見る.用水ができたときに,作ったアーチの水路なのだろう.
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しかし,結果としてはかなりの狭窄部である.
上流側が氾濫するのも,無理はない.


ーーー きょうはここまで.

たいへん勉強になった.

農地の環境,用排水路,との関係,治水との関係,人の意識(草は生えていない方がいい)など.

特に質問や意見が集中したのが利水(給水)側の条件である.
先に結論ばかりおっしゃる方々多かったのには閉口したが,

情報が整理されていない.

取水・送水を担う者や水利権者を根拠なくどうこう言っても仕方ないのである.

(仮に根拠があっても) 法や現実の前で運用している.そのことも先に私たちは知ってからでないと,なんら結論も解決策も議論できない.そのことを強く言った.

それが共有されないと,それぞれの結論を共有することはできない,と座長として申し上げた.

結論を言いたがる人は,先に走りすぎている.
他のものはついていかないことを考えるべきだ.

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勉強になったし,よく働いたが,ちょっと疲れた.
それでも十分に有意義な4時間だった.

知らない川,地域を知ることは自分にとっては楽しいことらしい.
たぶん,人の話を聞いたり質問したりして届く情報を,リアルタイムに,自分の中であれはこうなのだろう,ああいうことが背景にあるのだろう,などと考え,その像を他人に話しながら現場を見る.

そういうのは,性に合っているような気がするのだ.

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刈谷SAでs.あやうくガス欠になるところだった.

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