2018年5月19日 (土)

どうしてそれができないか

アメフトである。

この10年ほど、NFL、米国のアメフトのテレビ鑑賞を楽しんでいる。

ーーー アメフトの特徴 2つ

一つは激しいスポーツであるからこそ、安全に対しても厳しいスポーツだ、ということである。ルール化され、攻撃側選手にとって守備側から激しいタックルが有りうると認識している場面と、無関係となる場面、とははっきり別れている。後者の場面で不必要な守備プレーがあれば、選手は怪我をする。そうならないようにルール化されてきた歴史がある。

そうしたプレーはプロでも起こるが、多くはぎりぎりの場面である。司令塔のQB(クオーターバック)は、有名選手の長期離脱が起こるとルールのあり方が議論されることが多い。

2つめは、アメフトは、コーチ陣がゲームを支配している、ということだ。
ヘッドコーチ(日本では監督に当たるケースが多い)、
OC(攻撃コーディネータ)やDC(守備コーディネータ)といった、
コーチ陣が、試合をコントロールしていると言って良い。

逆に言えば、彼らの意に反したプレーを選手個人が自己判断して称賛されることは多くない。

そのようなプレーをした選手は、すぐにサイドラインに下げられ、注意を受けたり、しばらくフィールドに出されなかったりする。NFLではそれがはっきりわかる。

チームとして一体的に機能させるためには、コーチ陣の指令と全選手の理解を前提としている。そういうスポーツである。

ーーー 今回の話

残念ながら、日大・関学大の試合直後の報道では、これらの前提が理解されていないものが多く、映像を見せることで、単にそのプレーとこれを行った選手に対する事に対する批判となっていた。

だが、このスポーツ界に関わる方々は口をそろえて、あの映像を見ただけで、

選手の判断だけで3つもそのようなプレーが継続されることは、ありえない、
と指摘していた。それはこのスポーツの特性に鑑みればそうなるだろう。


最初の一番ひどいプレーで、コーチ陣がその選手を下げて即時に注意しなかったこと、退場の時の彼の出迎え方、などの映像を見れば、
コーチ陣が指示、最低でも承知していたことは、証明されている。

これで、監督が、彼らを誤解させたなどと逃げ切れる言い訳は全く通用しない。

これがわかった時点で、

日大コーチ陣から合理的な説明がなされない限り、彼らが対外試合は不能となったのは、当然であり、むしろ、関西大と名城大が試合をしたということの方が大きな驚きである。
ーーー 時間という問題、説明の不在

問題は、この状況で、13日間も直接応答せず雲隠れしたことである。

関学側からの要求、
上記のような見方が専門の人たちから伝えられること、
日大選手からの「監督指示」の匿名リークが徐々に明らかになったこと、

といった時間経過に対して沈黙し、その後、大学広報が
「指示はなかった」とか「選手らが誤って受け取った」
などと伝えていくにつれ、

大学広報、監督コーチ陣は、真実を伝えていないのではないか、との疑念とその時間を増やしただけの展開を、コーチ陣や大学関係者は、客観化できなかったのか、ということになる。

このブログを書いている時点=5/19夕方=で、監督は辞任を明らかにしているが、

この時点で必要なのは辞任ではなく、
その責任で、何が起こっていたのかを明確に語ることである。

辞任を明示するいま、
なぜそれができないか、という疑問である。

これは、アメフト界隈の関係者の多くが持っている疑問であり、要求だろう。

これに答えなければ、優勝チーム監督=大学のアメフトを知る者という称号は嘘だ、となるに違いない。語らない、ということは自身の保身であり、大学という組織の保身、ということでもあり、アメフトではなくそちら側をとった、残念な人ということになる。

この13日を放置したことが、アメフトというスポーツへの疑念、日大という大学への疑念を、膨らました。
本当はそれは存在しないと思う。
アメフトは、そうではないスポーツであるし、
日大は学生にとってひどい大学かというと、そうではないだろう。
だが、監督と、大学のガバナンスを担う人たちはこれを不当に貶めようとしている。その罪を彼らは背負うことになる。


これは私自身の感情抜きにして、客観的にもたらされた事実だろう。


ーーー 大学のチームという特殊事情
NFL、アメリカのプロリーグであれば、NFLがチームに介入できる。調査の権限もある。それを認めた上でのリーグである。
だが、日本の、大学が持つ学生のチームが、連盟の枠の中で戦う状況は、ガバナンスの観点でいささか異なる。

もし、
・大学のチームが大学の支配から独立しており、
・関東学生連盟が、運営やスポーツルールの観点でのガバナンス=統治=を強力に発揮している
というのであれば、連盟がチームに介入し、直接に調査・聴取し、解明と改善をコントロールできる。選手も守られる仕組みになる。

だが、支配しているのはコーチ陣であり、さらには大学であり、選手はその中の支配が悪いものであっても、守られるしくみが機能しないことになる。

そんな中で、監督はこう言ってました、などと学生選手がおおっぴらに言えるはずもない。


これは、先のレスリングの選手のパワハラよりも、さらに悪い構造である。スポーツ奨学金などが挟まっていたら、最悪である。

逆に言えば、他の大学のスポーツでも同様に起こりうるし、実際起こっていると推定してよい。

ーーー 大学の統治

文部科学省は、この10年、大学統治のあり方をどうこう言う場面を増やしてきた。だが、それは学生目線ではなく、教員組織と経営側、というところでの構図でしかない。大人が大人として運営に参画できていれば、こんな話はおこりえず、本当にくだらないところの話となっている。そんなことではなく、
今回のような、学生が守られるところにあるのか=といった部分について、学内統治をどうするか、というところの生産的な議論に振り向けてほしいものだ。

どうしてそれができないか、

と意識が他所に向いたところでやめておこう。
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2018年5月 9日 (水)

大槌へ 5/3-5/4

5日遅れてのアップ。

5月3日、GWの旅の終盤。
秋田県湯沢市小安峡から、岩手県大槌町に向かった。
見聞のためではなく、調査のためである。お仕事モードである。
移動距離は240km。あいにくの雨天であったが、
寄り道はせず、高速を最大限に昼食をはさみながら、4時間弱で到着した。
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5月2日の夜から雨がかなり降り始め、
北上川は、濁っていた。
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猿ヶ石川はそれほどでもない。
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遠野盆地の西部。
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町中を通り抜けて、釜石市街地へは行かず、笛吹峠で鵜住居へ。
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途中、橋野(鉱炉跡の近く)にあるお店で頂いたラーメンがおいしかった。
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この地域は、2016年の局地豪雨でかなりの被害が出た。
鵜住居川(青木川)の復旧工事もようやく進捗している模様。
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鵜住居の大槌方面の道路工事は終了したようである。盛土面。
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=== 大槌町内

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大槌は当初の予定にはなかったのだが、出発前に変更しての調査である。
大槌川、小鎚川の河口部に建設中の水門工事の基礎となる杭を安定させるまでの間、その杭を載せている20mほど下の被圧地下水層の水圧を下げるため、工区周辺で揚水を行っていたのだが、それが4月中旬に停止されたとの連絡をいただき、急遽、水位・自噴が回復したであろう市街地(町方)残存井戸の地下水位調査を行うことにしたのである。
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すでに満月を過ぎているが、大潮で、5月3日夕方に満潮、4日昼に干潮、の2つの時間帯に32本の井戸の調査を行った。3日の昼過ぎに到着、調査地点を一通りチェックするなどしたので、2日間(実質24時間)で3周したことになる。
前回は、揚水停止前の3月中旬に同様の調査を行っており、自噴している井戸は1本もなく、地中1m前後下に地下水位がある状況だったが、よく湧いていた。
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水を汲みにこられる町民の方もおられるようである。
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被災後から2015年にかけてみられた湿地もみられた。
まだ、水域が回復して日が浅いので、植生環境や生物相が今年どうなるのかはわからないが、見ている研究者は注目しているとのこと。

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ーーー 調査時は雨、雷

予報ではぎりぎり間に合うはずが、逆に本調査時に雨となり、さらには雷も。

これは須賀町。
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別の場所で。地表50cmほど。場所によっては100cmほどのところもあり、
工事揚水の前とほぼ同レベルに回復したのは確実である。
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=== 新しい井戸
ニューフェースの井戸が3つある。そのうちの2つが自噴井戸である。

ーーー 御社地の井戸

一つは、6月10日にオープンとなる施設「大槌町文化交流センター」(通称:おしゃっち)
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の前の御社地(おしゃち)の池に面した井戸である。
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満潮時は、かろうじて流れが落ちていた。
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翌日の干潮時は、残念ながら舟を越流できていなかった。
たまっている水の水位=地下水位である。
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越流部の高さに柔軟性を持たせていないことが残念である。
(なぜ固定式にしてしまったのか。こういう出口には自由度をもたせるべきであるが、ここに限らず全国の自噴井戸において、どこもこうした問題を持った作りになっている。これは地下水位の長期変動に対応できない点がもともとの課題である。)

だが、一つ手を加えれば継続的自噴は可能とわかったので、よしとする。

ーーー 八日町公園

盛土造成した市街地の一部を掘り込み、自噴可能な高さに井戸を作ったところがこれである。町民の要望に答えたものである。

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満潮時、しっかりと、とうとうと掛け流されていた。すばらしい。
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翌日干潮時。越流部ぎりぎりで、わずかにあふれる状況。
こちらも、一工夫(越流部を切り欠くか、1段目2段目の境界のどこかに小さな穴を開けるか)すれば、よいだろう。

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こうしたものは、舟は深く、出口をぎりぎり越流できる+雨水逆流がない低い高さにしておき、管の方を(水が出すぎないよう)高く調整できるようにしておけばよい。
ただ、このケースは排水の高さの関係から、低すぎる設定ができない。越流部(出口)の高さでなんとかなるのでセーフだろう。

ーーー 帰途

4日の午後、いくつか自噴の水サンプルをとって、設置した水位計を回収し、海からドローン撮影を行った。
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被災、瓦礫・建物撤去、区画整理+盛土造成+インフラ整備、そして住宅・生活再建。家や小店舗はかなり建ち、生活環境が戻りつつあるが、そうではない人たち・事業者も大勢いる。そうした方々の声、役場や町政の状況、など聞く機会もあった。

写真手前、非造成区域(住居には使われない区域)の将来は一部しか描かれていない。これは良くないことでもあるが、まだ今後の議論・共有が必要でもあり、自由度が残されているとも言える。

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帰途についた。2時間の調査を3周、天候も厳しい調査で、翌日からの2日間に響いてしまった。

再び笛吹峠を越えて
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遠野を抜ける。

花巻市東和は、毘沙門まつりなるイベントであったようだ。
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7日間、秋田県中南部、そして大槌の旅は、FDAの花巻便に乗って終わった。
移動距離は、1295kmだった。
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2018年5月 2日 (水)

横手盆地から皆瀬川

昨晩泊まった大曲(大仙市)は、横手盆地の北の方にある。

地理院地図での俯瞰はこちら

この盆地は雄物川が作った広大な平地で、
大曲はその出口にあたる。
東に美郷町、北の玉川方面に仙北市角館、
中央東に横手市街地があるが、川は西端を北上する。
上流の南に湯沢市、その西に羽後町がある。

今日はこの盆地を南下した。
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雄物川の63k付近、大曲西道路、大曲南大橋。
下流で玉川との合流点で、その上流2kmほどは極端に河床勾配が小さい。砂州が見えるのは遠くのごく一部で、湛水しているかのように見える。
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秋田道を南下し、横手で湯沢横手道路に乗り換え、十文字で降りて西に向かうと、今泉橋は、95k付近。この部分の上流で大きな支川の皆瀬川が合流する。(写真の左から流れているもの)。 先程の地点から30km上流であるが、勾配は1/500程度である。
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流れはかなり早く、砂州も大きいものがあり、土砂もそれなりのサイズである。
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西側に渡ると、羽後町に入る。この町は、平成合併をしないことを早々と宣言したところだそうである。
道の駅「端縫いの郷」(はぬいのさと)に寄った。
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踊りにも着られるということだが、もともとは綿入れなど防寒的になされた工夫の形のひとつとのことである。時代や地域の背景(江戸期の一部の衣服に厳しい時代に、中着を端縫いで華やかに+暖かく、といったことなど)があるようである。
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横手盆地の南端にかかる。
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湯沢に雄物川を渡る。柳田橋は河口から99kmほど。
河床勾配は、1/250ほどまで上昇。
今回の旅で、雄物川はここでさようなら。2日前の河口からのシリーズは、2日目に見た院内での川をあわせて、雄物川シリーズは終了。
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ーーー皆瀬川を上る。
ここから付き合うのは支川の皆瀬川である。大きな礫を持つ複列砂州が特徴。
すでに国管理ではなく、県管理区間。
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この変な山はなんだろう。雄長子内岳(おちょうしないだけ)と呼ぶそうである。
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湯沢市の稲庭町に入り、昼前だが、稲庭うどんをいただいた。
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向上をガラス越しに見学もできる。
伸ばす所、
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不良条件のものを仕分けしているところなど。
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その上流部で橋を渡る。氾濫原と水域がはっきりし、前者の樹林化が進む。
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その対岸からは城が見える。稲庭城とのことであるが、
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よく見ると階段ではない何かがみえる。
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そこでこの下に行くと、「スロープカー」なる乗り物がレールを上がっていく乗り物に乗れるとわかった。(これは上での写真)
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このレールを横から歯車で捕まえているのであろう。
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スロープがきついので、下を見ると少々怖い。
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城は後日のコンクリート造りであるが、中に置いてあるものの一部には興味を持った。
岩手から逃げてきた隠れキリシタンが描いた掛け軸とか、珍しいしつらえの刀など。

もちろん、この地域の支配の歴史(小野寺氏など)もわかる。

北方には横手平野を睨む、重要な場所であったろう。
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南には、山越えして花山、仙台へとの街道を担う皆瀬川の谷、農地が広がる。
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さらに南下すると、多くの家に、はしごがかかっている。
雪下ろしには、家の設備として重要な位置を占めているのだろう。
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その上流には、多目的の皆瀬ダム。
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堤体は車で横切ることができたので、後に対岸に回り込んでしまって助かった。
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県道51号へ折れて横道へ。
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=== 泥湯温泉へ

山道を上るとたちまちにして、季節が戻る。
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かなり奥でも切り出しは行われている。
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途中には農業用の溜池もあれば、こうした湿地もある。植生で陸化しつつあるそうである。
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県道310号へ折れて泥湯温泉へ。川原毛地獄までは行けないとわかっている。

温泉に着くと、雨と土砂の災害でかなりのことになっている上に、
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こういう場所がたくさんあって驚いた。
立ち入るな、止まるな、通り過ぎろ、という場所がある。
ガスが危ない、水蒸気による噴石注意、などである。
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硫黄臭がすごい。
そのせいだろう、トイレの中の鉄というあらゆる場所が黒くなっていた。
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ここで県道は通行止めであった。
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その少し下に戻ると、近くに地熱発電所のPR館があるというので見に行った。

PR館はお休みで、かつ、開館日でも予約が必要ということであったが、
外は迫力があった。
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PR館の玄関のガラス越しにはいろいろ見えたのだが、これは面白かった。
「三途川層」
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皆瀬川の谷に戻って、小安狭へ。

なかなかの狭窄部なのだが、
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橋の上からは、その壁から水蒸気や温泉が吹き出す「大噴湯」が見られた。
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宿が良いところで、ゆっくり休むことができた。

明日は急遽調査を行うことにした岩手県大槌町へ向かう。

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雄物川中流と、美郷町の湧水群

秋田市内泊の朝、雄物川中流部の蛇行区間をまずは見に行った。

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大曲の玉川合流点63km付近から、17km付近水沢橋のあたりまでは、川がかなり蛇行している。ここを半ば串刺しにするように走る。

水沢橋付近の平地を望む。両側は第三紀層の低い山で、谷底を川が流れる。
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水沢橋。
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川は幅いっぱいに流れている。
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地理院地図でみると、この付近の両側が川が迫っており、谷地を流れる川としては狭窄部にあたる。逆に言えば、過去の上流の平地面の高さは、この部分がどうなっていたのかが大きく支配していたことになる。実際に、上流には河岸段丘面がみられた。
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堤防は、新設している区間もあれば、
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高さは計画高水位で、腹付けで、3割勾配としている区間もあった。
(砂面は高くしていない。幅だけである。)
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水面は広いまま。かなりの規模なので、やや圧倒される。
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三日月湖も見られた。
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第三紀の崖面。
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家もやはり独特である。
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60km地点の岳見橋。

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神宮寺水位観測点のあるところである。
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左岸の山=神宮寺岳=が特徴的。山に登る入口に「副川神社跡」とあった。
この脇に、砂州が見える。
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滔々と流れる。
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田沢湖方面に大きな流域を持つ大きな支川、玉川の合流点。
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玉川は非常に大きい。
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この下流の対岸で見ると、青ナイル・白ナイル、であった。白い方が本川。
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河川整備計画付図によれば、平均河床高の縦断を見ると、
水沢橋付近の13-23kでは10kmで5m=1/2000の勾配に対し、
30-50kの区間は20kmで5m=1/4000の非常に小さい勾配、

岳見橋の50-60kの区間は10kmでやはり1/2000で、その上流から急に勾配が出てくるとともに、水面より出る砂州も現れ、玉川合流点から上流はそうなっている。

=== 美郷町の湧水群

美郷町というのは平成合併でできた自治体である。
(千畑町・六郷町・仙南村)

そのうちの六郷と千畑には湧水群が見られるとのことで見に行った。

ーーー六郷町の湧水群

六郷の湧水のマップはこちらに掲載されているが、
名のある湧水のところには木箱の中に観光マップが入っているので、もっと詳細にわかる。
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さらに、「指差しナビ」なる町のアプリがあり
町の名所などの情報を誘導しくれたり、スタンプラリーができるそう。
(いきなりスタンプラリーをやってみようとしたがQRコードが読めずうまくいかなかった。)
湧水群は主に六郷地区だけで現状自噴は76箇所はあるとのこと。
そのうちの町中の7箇所、郊外の2箇所を見たが、そのうちの「御台所清水」の写真。
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藤清水。
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越流部があったので、水深から流量を推定してみたが、毎秒1.24Lくらいであった。
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こうした水を集める水路があるが、
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水際まで降りられる場所があるのがいい。
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別のところではカワモズクがあったりした。
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ボランティアガイドさんらが運営されている休憩所があり、コーヒーを飲みながら湧水の話を伺った。水も頂いたが、柔らかかった。
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「ニテコ清水」でいただいた、サイダー。
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六郷は参勤交代の街道にあたり、
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北へ向かう街道の東側には寺社が並んでいるのだが、
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防衛のために置かれたとのことである。地図を見て不思議に思っていたのであった。


郊外の「清水川」
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よく言われるのは扇状地の扇端付近で湧く、とされる。
地理院地図のこちらでみると、確かに扇状地は見える。
だが、その分布は、六郷の集落の西半分のところ、
標高45-50mの高さに集中しているのであり、
必ずしも端とは言えない。(扇状地末端は標高30-35mほどであり、位置的にもかなり西になる。)
なにより、この扇状地の傾きが、1/100よりややきついくらいで、比較的緩いため、やや上流部に湧水部が現れたのではないかとも思える。(きついと地下水位と地表と接する場所が下流になってしまう。)

南方から、扇頂部(右端)>>西への下り(左)、をみたところ。
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扇頂部から流れる丸子川の表流水は農地に使われており、
「関田頭首工」で取水した揚水が

ここの「関田円型分水工」で、
各地に分けられている。
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オーバーフローではなく、多数の穴=オリフィスで出している。
穴を塞いで、調整もできるのが面白い。(板が内側に貼ってある)
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ーーー 千畑の湧水

これは矢島川と赤倉川が作る扇状地での湧水となる。
(地理院地図の等高線
こちらも標高50mほどのところに集中している。
「大清水」
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「古屋敷清水」
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日が当たりすぎて、緑藻が生え過ぎたり、珪藻に覆われたり、というところが多い印象だった。これは、千畑のものも同様である。
=== 払田の柵(ほったのさく)
1200年ごろ前、大和朝廷が蝦夷(えみし)に対する防衛の拠点とした砦のようなものとのこと。

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その跡がここにあるとのことである。外から見ただけであるが、北の地であることを思う。そうしたものがこの地方、秋田、と酒田と行ったり来たりすることになった、遥か過去の歴史は記述があるものもあれば、モノでしか語られないものもあるようである。

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明日は秋田県南東部へ。

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2018年5月 1日 (火)

子吉川、雄物川、男鹿半島

由利本荘泊の朝は、子吉川の河口を望んだ。
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今日は子安川をやや上ったあと、秋田を飛び越して男鹿・大潟村を見た後、秋田市内に戻るルートであった。
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=== 子吉川中流へ。

子吉川を上る108号を行くと、由利高原鉄道の車両に出会った。
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目的は、昨日の続きで、別の時期の鳥海山の岩屑なだれの高原の上を見るのである。

これを見ると、子吉川の西側に平らなテーブルを持ち、指を上に差し出したような高原が見える。その先端の一つの斜面がこれ。

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上に上ると、平たい高原と湿地がある。それを利用した貯水池の向こうに、原因である鳥海山が今日も望めた。風は強めだったが気温も高く快適だった。

黒森第2貯水池。東に鮎川、西に西目川が谷を削り残された台地上の高原にある。
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この水の一部は、西目川に向けて落ちる発電に使われる。

東に、鮎川の谷を越えて上ると、子吉川の広い谷が見える。

向こうの山並みは岩屑ではなく、第三紀の地質の山である。
午後に行った沿岸の層を同様の時期のもの。

子吉川の谷は、火山に起因する山ととそうではない山の堺に位置する。逆に言えば、岩屑なだれが子吉川の位置をここに至らしめたのだろう。
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現地の説明図。左が来た。南に鳥海山。牧場マークの牛がコワイ。
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=== 北へ
子吉川に降りて、12km付近の子吉川橋を渡る。
州が見えない。計画の資料によれば、1/1403の勾配の区間に有り、想像していたよりも緩い。
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本庄ICから自動車道で北上、秋田を通り過ぎる。
途中、消防学校を横目に、
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大平山などの白い山を眺め、
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雄物川を越えて北上。
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高速を使っても遠い。当初沿岸を行こうとしたのだが、無謀であった。

昭和男鹿半島ICという半島の根本で降りる。そこから西へ進むと、男鹿市へ。男鹿では、なんでも「なまはげ〇〇」と名のついた店や施設がある。一部には明らかにふさわしくないものもあるのだが。

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半島の山までの平地は、とにかく農業。そのための水利施設が目立つ。
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男鹿半島周辺の地形はこのとおり

半島先端の山地形の手前に別の山がある。寒風山(かんぷうざん)
車で殆どを上ることができ、頂上付近は草地として管理しているので、眺望は素晴らしい。

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南方の秋田市正面。砂丘が作るカーブ。
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東の八郎潟方面。左は米代川河口方向。
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男鹿半島先端方向。手前下は、この山の2つの火口部である。
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これを降りて、なまはげラインなる農道を快適に西へ。
そして、男鹿半島北西部、3つの「目潟」と戸賀湾を見た。
先の地理院地図の半島北西部に3つの池と湾が近くにある。
現地の看板
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戸賀湾と二ツ目潟。 これらは、水蒸気爆発による穴であり、それで吹き飛ばされた土砂のマウンドが周りを盛り上げている。
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反対方向には、一ツ目潟
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かなり大きな穴、想像できない。

ーーー 
その北側の海岸、「西黒沢海岸」に行く。
露頭と海岸。

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海岸部。「波食台」
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説明の看板では、第三紀の層で陸上の植物等が見つかるそうである。
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火山灰を含んだ土砂が動いた後に固まった層であるように見える。
きれいな堆積層で見てきたものとは大分に違う。
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下の方は、安山岩に見える。
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浸食面は、泥岩とその他の互層。
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転がっている石。
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何か、生物の痕跡も見られた。
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なかなか楽しい現場である。キリがない。

ーーー
男鹿半島の先端の入道崎に立ち寄ったが、店でコーヒーを飲んだだけで。
何も見なかった。脅かし続けるなまはげの人形の声をきかされ続けられた。
これにこそAIを導入し、悪い子だけに脅かしてやるようにするべきである。
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反時計回りに先端を回る。西側は荒涼としている。
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再び半島の北側に戻り、沿岸沿いを八郎潟に向かう。

この道はなかなか厳しいところもあったが多様でもあった。
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同じく第三紀層の露頭のある海岸。低い崖がずっと続く。
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小さい風力発電。本当に小さいのだ。
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風が強く、木々は内陸に傾いている。
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一部走りにくそうな道なれど、これは国道101号線であった。三桁では最初の路線番号の国道である。青森県五所川原から日本海沿岸を南下、男鹿半島は途中を抜けて潟上まで通っている。三桁最初の国道が、どうしてここなのか(なぜ北海道ではないのか)は、国道の歴史を調べればなんとなくわかる。
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ーーー 八郎潟、大潟村
そのど真ん中を東に抜けた。
その中心市街地は、筑波大学のように余裕のある土地利用であった。
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そして、水田地帯の真ん中は、広々としていた。端は見えない。
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ゆけども道路前方は同じ景色。
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通り抜けると、やはり水面で囲まれていた。
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=== 秋田市、雄物川河口へ。

再び高速に乗って、秋田北ICで降りて、町中を通り、雄物川河口へ。

その河口の南側。新屋日吉町から新屋粟田町にかけての急勾配部。
(その部分の地形図はこちら

そこには多数の湧水があるとのこと。
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この背後地(西側)も含め、地域全体が砂丘であり、海と川に囲まれているだけであるから、これらの湧水は砂丘に降った雨による地下水流出である。面積が貯水池の役割を果たしていることになる。水収支的にどうなっているのかが興味深い。

ーーー 雄物川河口
河口は両側から砂州が伸びて、狭くなっていた。
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砂州から見た上流の様子。
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細かく見るには厳しい日程だが、今日も良い旅だった。
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明日は、雄物川を上る。

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2018年4月30日 (月)

小国・鮭・雄物・子吉の川上流と、鳥海山と、地形と

ジオパーク的な旅のシリーズ。

記録重視の長いブログであるのであしからず。

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宮城県鳴子温泉を出発し、
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45号を西へ。

鳴子温泉郷眼の前の川(荒雄川)に合流する大谷川は、
温泉郷の上流で狭窄部の渓谷で、鳴子峡と呼ばれる。
その狭窄部区間の上流端には眺めるところがある。
谷底が見えないくらいの急峻な谷だが、その高さの中ほどを陸羽東線の橋梁がトンネルをつなぐように通っていた。(写真はない。ちょうど通過したあとに見たのみ。)
勾配を緩やかに稼がねばならぬ鉄道建設の苦労が見える。
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その上流は比較的平坦な面である。
線路はさらに勾配を稼ぐ。
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暫く行くと、あっけなく流域界を超えた(県境ではない。)
まるで、豊川と矢作川の巴川のようである。
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県境を越えるて山形県最上町に入ると、山並みが見えてくる。鳥海山は見えない。まだはるか向こうである。
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小国川である。この川と出会うのは、およそ20年ぶりだが、上流は見たことがない。
アユ釣りで有名だと昔聞いたが、確かにヤナなどがある。
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しばらく下ると、月山が遠く見えた。緩やかな稜線と、かなり遅くまで白い山である。
逆に言えば積雪が深い山ということでもある。
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枝垂れ桜などがまだ咲いている。
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舟形町、新庄市内を通過して北に折れ、鮭川村に到着。

鮭川も最上川の支流であるが、思ったより大きかった。直轄区間。

いまは景色もいい、シーズンである。しばらくこの川を上る。
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少し離れてある集落は、青い屋根や赤い屋根が目立つ。この鮭川村やその北の真室川町は、独特の建物のある地域である。
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完成堤の勾配は緩く、安心感がある。
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鮭川支川の真室川流域になると、不思議な形の山が見えてくる。
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木材の産出・加工の事業所がいくつか見られた。写っていないがダンプがずらり。
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国道13号にスイッチして北上、県境を越えると秋田県、湯沢市。
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湯沢といえば、小野小町とのことらしいが、
それは、小野小町が湯沢の小野という地区の出身で、晩年もこちらで過ごしたとの説を採用しているからである。(その根拠・真偽については、疑義もあり、調べていただければ結構。)

そのお隣の院内、という地区で昼食を得たのだが、また青い屋根。
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駅の少し西を流れる川は、雄物川の上流部に当たる。
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国道108号にスイッチする。雄物川上流を一部並走する。
明日はこの川の下流を見ることになるのだ。
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矢島街道と呼ばれる108号を北上するが、意外に地形は平たく、
子吉川流域に越えて笹子のあたりでも、こんな様子である。
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ある滝をめざすことにして向かう途中。
鳥海山を東側から眺める。思いもしなかった山奥に水田と集落がある。
冬は厳しいだろうが、この季節、すばらしい地域だ。
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なんとなめらかな様子であろうか。地形もあるが、積雪が深い。
崩壊面を見せない東側は形もきれいである。
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道路脇に根雪も見せており、
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植物たちも、カタクリなど。もう、GWの恒例になっていた。
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たどり着いたのは法体の滝(ほったい)。
手前の公園部分は、雪が残っていたが、硬いので歩ける。
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この滝は、赤沢川という川が、下玉田川に合流する部分に落ちているものだ。
合流部上流の下玉田川。下流で子吉川となり、北西へ流れ、日本海に向かっている。
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展望できるところまで上るのに息が上がる。
しかし、言うだけのことはあり、美しい様子で、虹までかかった。
紅葉はさぞかしと思う。
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さあそこから北西へ!とむかおうとしたら、通行止めであった。
さらに戻ってから道を探しても、やはり通行止めがあり、
凝ったルートを諦めるまでに時間がかかってしまった。
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しかし、珍しいもの、珍しい地形や山を見ると気分は晴れる。
意外なところになだらかな地形。
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珍しい車。
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北から見た鳥海山。冬師湿原の近くから。
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鳥海山の山体崩壊により、北北西へ膨大な岩と土砂が移動した。
それは紀元前の縄文時代のことだそうである。その窪みがこれなのだろう。
恐ろしい体積である。こうしたリスクは、日本の山腹について、どのくらい検討されているのだろうか、と思う。
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冬師湿原の近くでドローン撮影を試みる。
島状の小山と池湿地が入り組んでいるのは、やはり鳥海山の崩壊による岩屑と窪みによるものであるとのこと。
手前の黒い場所は、毎年この時期に行われている野焼きで、
カメムシ駆除などの目的であるとのことである。
眼の前の池は、地理院地図では「大潟溜池」との名が有り、水力発電に利用されているようである。
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ちょうどその直後に現場を見たので、驚いた。巨石と土砂の混ざった小山である。
草が生えていないので、見られたのはラッキーと言える。
(最初は、土砂の不法投棄なのかと思ってしまった。)
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さらに東を見る(先のドローンを右に動かす)と、急斜面の下を流れているのは「白雪川」。
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注目したいのは、先の山の窪みから低いなだらかな面がつながっていることである。
これが縄文時代の大崩壊・岩屑なだれの痕跡で、海にまで岩石土砂が高速で流れ込んだことを示しているとのこと。

さてこの左の高原は標高300m以上ある。ここから白雪川のレベルに降り、さらに、西の沿岸に降りていく。

このあたりの状況を知るのに、地理院地図は見やすくできる。
このような状況。

130m付近で見られた、「温水路」。白雪川から引いた冷たいを、農地に送る前に温めるため、幅広でフラットな水路を流し、落差を落とす、特殊な水路とのことである。

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水深は浅く、10cmあるかないかである。
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最近調査研究したことなので、実態も理論も知りつつあるのだが、
こうした水路で水を暖める効果が最も高いのは、日射である。
水温を連続して測らせると良い。日が照っている間は水温が急上昇する。

実は気温はあまり効かない。落差で温かい空気を取り込んで、ということを考えたくなるが、これはあまり効かないどころか、下手をすると、冷却効果にもなりかねない。なぜなら、温かい乾燥した空気は、蒸発も進めてしまう。細かいバブルの取り込みは、温度による熱を渡すと同時に蒸発による熱吸収も生ずる。それがどちらに傾くかなのであるが、蒸発はかなり早く生じて熱を奪いやすい。

物理的な効果だけを考えればよい、楽しそうなテーマである。

ーーー
象潟(きさかた)まで降りきる前、標高50mほどのところ。
問題はあの平地である。このマウンドも、向こうの平地も、
先の白雪川の筋からの岩屑なだれの先端にあたっているそうである。
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その一部、九十九島と呼ばれるところ。
水田エリアに、不規則に、小さな小山に松などが生えている。

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ドローンを飛ばす。
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象潟というのは、
本来陸地ではなく、
砂丘に閉じられた湾、潟、水域であり、
その中には、多数の小さな島状のマウンドとそこに生えた松などの、風景・地形を指していたのが象潟、ということである。
縄文時代に先から言っている鳥海山からの大規模な岩屑なだれがこの地域の海岸までなだれ込み、海に浅く堆積し水没したエリアに多数の島状の陸地も同時に残された。そしてその遠浅の堆積部分の海側の縁が砂丘で閉じられてしまい、半ば閉じた湾内に小さな松島湾のような風景ができた、ということである。

その景色は、松尾芭蕉が記しているとのこと。

だが、その後、江戸時代に起こった自身で隆起してしまい、風景は一変。できた陸地を水田にして、こうした小山も多くが潰されかけたが100個ほどが残されたということらしい。

よって我々は、当時の様子に水田の陸平面を水面とみなして楽しむべきである。
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仁賀保で夕食をいただき、北上、白雪川をまたいだ後、由利本荘に宿泊。

見てみたかった鳥海山北側の地形を堪能した。

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2018年4月28日 (土)

胆沢扇状地へ

今日から旅に出る。小牧空港から、FDAのゴールデンな飛行機で、
北へ、花巻へ。

天気も良く、煙を出す御岳と遠くに富士山。

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鳥海山は明日以降、
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胆沢の扇状地と散居村は今日の通過ルートである。
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昼は、新花巻駅向かいの銀河プラザ2階、「山猫軒」
すばらしかった。この地の食。
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北上川はとうとうと流れ、
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反対にある案山子の「焼きプリン大福」は。。。おいしい。
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東北道を花巻から南下する。

和賀川を渡るところは「和賀川グリーンパーク」
まだ桜がのこっており、雪解けの水が豊か。
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水沢ICを降りて、胆沢の「扇状地」を西に登る。

飛行機で見ると、巨大な扇状地上に散居村が広がっているのだが、
実態はやや複雑であるが、それは後に。

散居村。
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水路が多い。
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すでに水田に水を入れているところもあった。
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これらの水源の大半は、扇状地上流部の胆沢川に依存している。

だが、扇状地での水田といえば、水の取り合いというのはどこの地域の歴史にある。それを技術とルールづくりと統治で解決してきたわけだが、

その一つがここにあった。

巨大な円筒分水である。
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このすぐ横の胆沢川には2つの規模の大きな用水の取水口があり争いの原因となっていたが、昭和に上流から一括して取水した水をここで分水したとのことである。
検索すればその規模など知ることができようが、
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しかし、一見する価値があるほど、大きい。
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流入させる水路の流量・流速もすごい。やや恐怖を感じるほどである。
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取水点からの勾配が大きいので、落差+跳水で減勢しなくてはならない。
それでも下流には波状の揺動が発生するので、本来はもう少し考えねばならない。
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ここはまだ扇状地上流端ではない。一部の用水を賄うに限られている。
現場にある説明図の一つ。赤が、現在地である。
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胆沢扇状地は、他の扇状地と異なるのは、
横断方向に河岸段丘が形成されているのである。
つまり、分厚いトランプを扇状に開いたようになっており、北のほうが低い面を、南のほうが高い面を持っているのである。

実際に車で南へ行くと、いくつもの段丘の崖面を登ることになる。
列状の森と崖がセットになっている。上空から見える線状の緑はこの崖面である。
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この南端の外側を衣川が流れている。
この川の下流は、義経が藤原の泰衡に自害させられた衣川の戦いの現場である。

その上流をかすめる。農地の災害防除のためのダムた多数あるそうである。
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この川を下りる途中も、段丘面と切れ込んだ河道、というなかなか見られない地形的な特徴がある。

ーーー
県道37号から衣川中学校付近で49号へ南下、
途中の露頭や河道は、第三紀層を示す。
(情報では、新第三紀の比較的新しい層)
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写真では見にくいが石は、立体的に丸い。知床の金山川で見たのに近い。
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違う露頭も。
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立派な家々も多い。
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奥州市から一関市に超えて、磐井川に出る。
下流に下れば厳美渓であるが、人のいるところは避けて、
本寺小学校の近くの県道49号の橋でも十分に綺麗で、迫力があった。
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南下しても、地形的にはきついV字谷ではなく、
緩やかな地形に驚く。

宮城県に超えて、
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栗駒ダムの近くを通り、さらに細倉に抜けると「マインパーク」なるところが目についた。

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もともと、鉛の鉱物の山地で、近くには「鉛川」なる川もある。
坑道には入らず、
リフトにのり景色を見た。平野まで見えるわけではないが、眺望はややよい。
(360度ではない。180度くらいである。)
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リフトに乗って降りる以外に、「スライダー」に乗って降りる方法がある。
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大崎市鳴子に超える所も緩やかな地形で、牧場などがある。
地図で想像したイメージとは大分違う。

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国道46号まで降りると、山の形が特徴的である。
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鳴子温泉に到着。宿の表に出ている温泉の水温は60度を越えていた。
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本当は秋田めぐりの旅なのであるが、まだ入っていない。
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2018年4月15日 (日)

乙川上流=>巴川上流へ

午後の突発的な小さなお出かけの記録

新東名岡崎東インターを降りて,旧額田町の役場近くから,夏山川沿いを北上.
なかなか厳しい道=県道333号を通る.

この地域の地質は領家変成岩,花崗岩,堆積岩が南から北に並んでいるところになる.
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暗いヒノキ林(未間伐)もあれば間伐したところもあれば,というところを抜ける狭い道を超えると,木下(きくだし)町に出る.
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いいところだ.支川の男川から乙川本川の流域に出る.
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この石垣は領家帯によくみられるタイプ.(鳥川など)
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千万町(ぜまんじょう)町を抜けて,さらに
乙川を登っていくその流域界の峠.
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ここを東にT字を曲がると,巴山なるところに出る.
この近くは,旧額田町(乙川流域),旧作手村(矢作川水系巴川)の境界になる.
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そのまま東に抜けると作手村の高原平地に出る.
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岡崎東ICができて,名古屋方面から作手まで結構早く来られることがわかった.
木下町経由でなく,県道37・石原町・県道334号・千万町町県道333号経由であれば,さらに早いだろう.
(くらがり渓谷のつづらおりをのぼらなくても行ける.)

城山(川尻城址)
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そのふもと
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巴川(矢作川水系)の出口
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うろうろとしたのだが,お腹がすいて,近くにお店もなかったので,川を下り,三河湖へ.

羽生ダム 羽布ダム.重力コンクリート式.空気を混ぜて放流している.

まだツバメは飛んでいない.(以前来た時にゲートの上に巣を作っていた.)
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その放流の下流.香恋の館なるところへ.
まだ桜が残っている.
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ダムカレーなるものをいただく.
注文から作るのには時間がかかる.
コロッケはイノシシコロッケ.辛めなので,お子様にはきびしいかも.
お米は地元のお米,ミネアサヒ.
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ダムカレー協会なるものがあるそうである.


満腹のはずなのに,そのあと,下山の大沼まで下り,
五平餅を注文して待っているときに,
車の上にいたゾウムシの仲間を,アップで.
(ヒラズネヒゲボソゾウムシなる種らしい.)
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雨にはぎりぎり降られずに帰ることができた.
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新聞の切り残しを読んで 2018年4月

2018/4/1 財政健全化法10年 自治体は今 ふるさと破綻黄信号消えたが

 ふるさと納税で歳入増=とりあい.

 職員の多忙化

 国と地方の借金1300兆円.

臨時財政対策債(臨財債)の存在=自治体が借りて,国が返す,とんでもない仕組み!

 50兆円を超えている.

 

2018/4/4 大規模緩和5年 膨らむ「副作用」 国債の取引量縮小,銀行は店舗削減

      遠い物価上昇2%

★現経済システムでの物価上昇は1%程度が限界点だったということが判明したということ.賃金上昇は,労働市場の競争が機能していない証拠.それは労働市場の問題と,雇用側=商品・サービスの競争環境の問題,の2つに帰着できる.前者は横に置き,後者は,国内企業同士しか競争相手がいなければよいが,原価が上がると海外に負ける(国内労働市場とセットにならない,外部との競争要件になる),ということで,労働+商品の各市場がセットでスパイラルアップする,という良いシナリオにならない,という経営環境が問題の一つとなる.労働も商品もグローバル,か,労働も商品も国内競争のみ,という条件でないと難しい.

・2018/4/5 地銀 金融庁が改革要求 マイナス金利で収益悪化 相次ぐ検査

  危機備え事前予防

★日銀が金利下げておいて,経営環境悪くさせているのを放置しているのに,収益改善を求める=>リスク高い融資行え,と言っているのと同じであるのに,事業をちゃんと見ろと言っている,ひどい話.手を差し伸べるのではなく,後ろから銃弾,の案件.もっとも,今どきの金融機関は事業をしっかりチェックできるのか,というと怪しいだろう.(本来金融機関が持つべきノウハウは,どれくらい機能しているだろうか.)

 

・2018/4/7 荒れる山林 復活は (ニッポンの宿題)

 速水林業社長と,九大教授佐藤宣子さん

 (公益的機能の費用負担,伐採後の再造林コスト払うべし.)

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新聞の切り残しを読んで 2018年3月

2018/3/2 教授解雇 大学と対立多発 学長権限強化影響か

   組合活動,経営側が気に入らない教員の排除,改組の強行,など

 

2018/3/2 汚染水発生 400トン減,凍土壁の効果95トン

★絵がおかしい.(凍土壁のない場合の地下水位が高く書いてあり比較できない.)

量的な効果だけでなく,場を制御する,と言う観点での効果はあると言ってよい.

 しかし,効果に対してコストがかかりすぎている.いまからぶつ切りの矢板を大外に作っても全体コストはたいして変わらないからやってみたらどうか.

 

 

・2018/3/4 NPO 埋もれてない? 耕論

  NPOを取り巻く社会の様々な課題など.

  低い認知度.資金難.寄付文化の定着問題.行政依存の住民体質.

英国ではNPOは右派も左派も広がる.

 

2018/3/5 応援職員減ったら・・・現場お手上げー南相馬市

   被災地業務負担もう限界,人手不足で有期の採用増

  (職員数だけでなく,プロバーと応援の経験や意識の差も書いてほしい.)

 

2018/3/6 街並み新た にぎわい戻るか 中心部でも目立つ空き地(町方,大槌岩手)

 

2018/3/7 原発賠償の不条理 十人十色の暮らし加害者線引き,無数の分断生んだ

   日本原子力発電元理事 北村さん,被害者となった人

   苦痛を賠償というお金で現金化されたことが生むなどの,生じた様々な違和感・格差

   ★お金で賠償というのが,どういう効果とどういう問題を持つのか,

お金以外の方法などのこと,など根源を整理すべきだろうと思う.

これは他でも同じ問題.)

   ★それ以前に,立地自治体として享受したメリット=お金は,この問題のどこに
事前防災として投入されたのかを検証すべきだと思う.自治体に投下されたのは意味の分からないハコモノを作るためでなく,避難と事後のありかたのために投入されるべきだろうが,それはどれくらい実行されたのか,これを問うたメディアはあるのか.起こった後の問題を議論しているが,では他のリスクゼロではない稼働原発について,未来の対応はどうあるべきなのか.そこは議論されているように見えない.自治体の同意の範囲のところにしか収斂していないのが実態.)

 

2018/3/10 自宅再建・購入 5割超す 被災者アンケート仮住まいは11%

   (被災3501人回答,仮設7%,復興住宅18%
       石巻市 高台移転 目立つ空き地

2018/3/11 避難 今も73千人(全国.岩手 8539人,福島16,471人)

 

2018/3/18 温暖化がもたらす厳冬(科学の扉)

  (温暖化は北極の偏西風蛇行をもたらし,寒気南下を強める)

 

・2018/3/31 「印鑑社会」は変わるか

 「月間 現代印章」編集長真子茂さん

  ハンコの機能:同意の意思表示,権威付け>江戸で庶民へ拡大,
  明治に印鑑登録=安全性,
  会社・市町村合併で特需,現在市場規模は緩やかに低下,

 弁護士 宮内宏さん

  電子署名による効率化,脱印鑑(ID/PWD),などが進行している一方リスクある.
法的+セレモニー的意味もあり紙もなくならない.

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