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2011年7月12日 (火)

まちづくり,評価関数

今日は社会人の防災マイスター講座の,講義自体は最終日だった.
(後日,研究発表会がある.)

今日はEラーニングではなく,スクーリング,つまり対面の講義である.

今日のテーマは,

(1)水防災のリスクマネジメントの概論(特に,プレーヤ)
(2)震災後のまちづくりに関する議論

70分しかない.もう少し時間が欲しかった.

(1)は予定していた内容だ.
自分にとっては新しくない.しかし,地域防災にはいろんなプレーヤがいて,それぞれにするべき役割がある.そこでおこること,現在の課題などを,ざっと話した.

正直に言おう.

あまり深くまで整理されているとは言えない.
それは,自分の能力の問題であるのだが,
踏み込んだ話をしようとするとたんに,ツリー構造に説明できないことが多いことが原因だ.

油断すると,あさっての方に説明が飛ぶ.


――― 三陸,大槌について情報整理と議論.


(2)は,前回のスクーリングで紹介した三陸の津波の状況について扱った.

(2-1)ネット経由で質問を受けていたので,その回答.
 「大槌町の浸水域は明治三陸津波との比較はあるか」と言う質問.

 公的に早くに公表されている.

 例えば,中央防災会議
 「東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会」
 第1回会合 参考資料3「今回の津波の浸水範囲と痕跡 」
 http://www.bousai.go.jp/jishin/chubou/higashinihon/1/sub3.pdf

 ただし,この明治の線のオリジナルは,誰がどのようにひいたのかが良くわからない.
 この線を,GIS上に落として比較して見た図が,こちら.
 崖面の浸水域は一部省略してある.
Out2

市街地付近はほぼ同等である.
安渡の東部,赤浜は,今回が広い.
(範囲でみるとそれほど違わない,高さが全然違う.)

吉里吉里と波板は明治の方がやや範囲が小さい.
波板の最奥部の範囲が今回小さいのは,盛土による段差があるためだ.

今回は18m級なのだが,
当時の標高10.5mというのは到底信じがたい.
この緑の範囲が正しいならば,もっと高くなければ説明がつかないのだ.
この明治の情報の不整合はどこかで修正が必要だ.


(2-2) まちづくりの議論
宿題で,大槌のような三陸の町で,どのようなまちづくりをめざしたらよいか,という意見のレポートを出していただいた.それを見ながら,議論にもっていく.

・移転かどうか
高台移転派が多かったが,海沿いに住む,という選択肢を示した受講者もいた.
高台移転も,全体移転と,漁業・加工は残る,というのと分かれた.

昭和8年の津波後の記録では,内務省が大槌の「市街地は移転できない」と明確に言っている.(一方,吉里吉里や安渡は,高台の造成,移転が行われている.吉里吉里は大規模だ.今回被災した一部を含む.)

これがリゾート地ならば,資産リスクを飲む選択肢もあると思う. 
つまり,人命は避難などでカバーし,景観,住まい方を重視する,という選択肢である.


今回は大きく3つの代替案が示されたことになる.
・高台移転(全体)
・高台移転(住居+α)+漁業・加工は海沿い (=多数派)
・リスクを飲んで平地に住む


問題は評価関数と,それに組み込む変数である.


・人命重視は当然としながら,平地に事業所(あるいは住居)を置いたとして,100年後に本当に逃げてくれるのか.ということを保証できなくなる.つまり,人命のリスクはゼロではない.これを低減する手段として,はやり高地移転しかないのか,という点.いや,地域での意識の継続によって,それは可能だという考えもあるだろう.

・資産リスクが最大の問題である.そのリスクを飲んで,低地に市街地を持ち続けるのか,コストを払って回避するか.事業としてこれをやるならば,治水経済調査のような方法で,その効果とコストを比べることになるだろう.

一方で,リスクを飲むとしたときには,これは誰が飲むことにする(なっていたのか),ということが問題になる.被災後の今は,「何でも国に」ということになってきている.それはそれでいいのか.

しかしこれは,被災する以前の問題でもある.そういう税の再分配に,納税者は同意しているのだろうか.津波のリスクはそれなりにある.そこで,過去に津波の被災があった場所で再度の津波の資産被害は,誰がどれだけそれを負担するのか,と言う事の同意は,どこでも確認されていないようだが,これは本来あるべきものだ,と思う.

ここには,国や自治体の実力が変数として組み込まれなければならない.

税収の実力が小さければ,国・自治体(納税側)の負担も抑制されなければならない.

一方で,「安全な土地」がいかに不足しているか,ということもこの関数に組み込まれなければならない.つまり,安全な土地は高く,お金持ちが持っている.自分でリスクを回避できる.しかし,貧乏人はそうはいかず,結局資産リスクを負う.しかも,生涯所得のかなりの割合を投じた資産についてである.

ここに,税の投入による資産被害の補てん(税収の再分配)の理由の一部はありそうである.

一方で,こういう問題がある.

リスクのある土地がある.

それを見込んで地価が下がるとする.

地価だけを見れば安いから,
リスクを無視して,取引がなされ,
第三者に渡る.

結局,リスクのある土地は現実に被災する.


これは私が従来から言うように,ハザードマップをはじめとしたハザード,リスクの情報が付加されない形での不動産取引がなされる事の問題である.
(→宅建業法35条,重要事項説明にHM等の提示を,と言う)

しかし,事業者は,リスクが現実にならないうちは,儲けを増やすことができるので,そのあいだはよい,ということになる. 本来はその儲けで,リスクに備えなければならないのである.それをしないで,被災したときに,破綻する.

一方で,これについては,保険が成立すればよいのである.
あるいは,時間的な積み立てで対応する.
そうしたリスクヘッジをとることが,リスクマネジメントであるだろう.
特に,このような時間スケールの長い災害に対しては,少額づつでも,長い時間がこれに対応できることになる.しかし,実際にはそんなことをする事業所も,保険会社もないのだ.(事業所の保険については,保険会社は案件ごとに契約していて,しかも高いようだ.具体的なデータがない.)

これは自治体でも同様だ.
もし,まちづくりをどの自治体も一様ではなく,それぞれの価値観(評価関数)に基づいて評価・選択し,実施するとしよう.

ここでは,国税をどのようにその場所に投入するのか,が変わることになる.それは復興として投入するものであるが,その後のまちのリスクをどのように減らしたのか,あるいは減らさなかったのか,といううことへの投資という意味もある.

そうすると,どのような選択が合理的になされたのか,は他地域の納税者に説明可能でなければならないことになる.しかし,そのことにこだわりすぎ,全国一律のまちづくり,ようなものになっては,地域性を失い,ますます地域は地盤沈下することになりかねない.

よって,投資の効果はそれなりのものであるとするとして,余り金を要求しすぎるのも考えモノ,としなくてはならない.

一方で,町や県は,国が一律に押し付けてくるものではなく,地域ごとに異なる評価軸・評価関数を組み立て,最適とするまちづくりを選択すべきだろう.

そこには,長期的なリスクヘッジの考え方をいれてもいい.地方税を少しづつ積み立てて,将来のリスクに備える考え方だ.残念ながら,日本の地方議員さんは,これが積み上がっていくと,使う事ばかりを考えてしまうようである. 「目の前に積み上がっている資産を指をくわえて見ているのか!」と言うのだ...投資や時間的なリスクヘッジの考え方がない.

ことは,合理的かどうか,という以前のところにある.
(この結論に至ると,わたしは思考停止になる.)

・もちろん,他の要素も評価関数に入ってくる.そのまちづくりの当初コスト,ランニングコスト,その他も含めた,実現可能性,実現までの時間スケールなど.
・生活の質,民族文化の維持・発揮の可否,景観の保持,その町自体の価値はどこにあるのか,という点での評価軸.
・何年サイクルでこれを評価するのか.津波が来る100年スケールなのか,1世代30年スケールか.三世代か.

そして,これらをどのように評価関数とするのか.何を前提条件・優先とするのか,何と何は,直接比較可能とするのか.

・新しいまちづくりの視点もでた.
それは,「いずれ津波は来る.そのときに,早い復興で立て直せるまちづくりをする」という考えだ. 今の報道のなかでも見られるが,それを「まちづくりの評価軸に入れる」ということは新しいような気がする.単に災害に強いのではない.外力そのものに強いということであればコストがかかるが,ショックの後の回復が早いまちづくり,ということだ. もちろん,住居・主要施設が高台にある,ということであれば,平地の事業所はつぶれても回復は早いかもしれない. 

(三陸では難しいが,逆もあるかもしれない.事業所が無事ならば,家を失っても,避難所や仮設住宅から働きに出られる.それも,早い回復につながる.今回は両方被災したのである.)

・ハードウェアのアイデア
 -津波防止ビル群の様なアイデア.
 (スーパー堤防のビルのバージョン,上階が多機能複合化.)
 -土地を三分割化し,平地を今の港からは撤退し防波施設と公園,今の平地市街地に港を.
 -沖合でフロートで波力発電・・・被災時には,防災施設に利用.

ーーー
「自分はその土地に愛着もないから,わからない.無責任な意見としてだが」という但し書きのレポートがあった. これも私には材料の一つだ.

個人個人の評価関数は異なる.
そして,地域での意思も各地域ごとに評価関数は異なる.
そもそも,組み込む変数すら変わってくる.

さらには,

(一見)当事者でない人から見れば,
遠くから見れば,
国全体から見れば,
納税者からみれば,

といった視点で,評価のしかたは変わる.


そういう前提条件で見た評価も一つの材料である.

さらには,観察者としてどう見えるかということも,大事で,そういう意見も聞くことは一つの材料になる. 時間的には,後世の人間は現在の対応をみているとすれば,それは歴史の観察者でもある. 彼らから見れば,現在の状況はどう評価されるか.

そういう目があるところで選択をしているのだ,という意識を持つこと.
これも興味深い.


そのレポートでは,
「それで,現地の人はどう考えているのか」
という疑問で締めくくられていたが,
私の回答は,彼らも何を優先すべきかで悩んでいる,というものだ.

町全体という集団の意思,という点では間違いないだろう.

彼ら一人一人の評価関数=個人の意見はある.

それが集積された町全体としての評価関数.
一方で,町全体のことを考えるとどうか,という視点で評価するときの評価関数.


前者と後者の結果=選択肢(代替案)は一致するとは限らない.


ーーー
この他にもいろんな意見・アイデアが出された.
一見それらしい意見も,並べて見ると,
対立軸を整理し,そのメリットデメリット,不足している情報・評価・技術などを議論する材料が見えてきて,私としては不謹慎ながら「楽しく」読み,整理して,そして講義で開示し,上記のような議論(のようなもの)を示した.


=== 未実現のリスクに向き合う.

土地の問題については深刻である.


私がこの先注視したいと思うのは,

伊勢~和歌山にかけて,例えば尾鷲などの,地価の動向である.

震災前であれば,地価はリスクに応じた地価の形成になっていたとは思えない.
しかし,彼の地であのような事になって,それはどうなるか.

現実にはまだ,津波は来ていない,
しかし来たときの状況に現実感が持たれたいま,
そうした沿岸地域の土地取引はどのように応答しているのか,していないのか.

7月を基準とした路線価や県の基準地価はどうなるだろうか.


=== 

自分より歳上の方々に,そんな話をどうこうと言うのも少々不思議な講座だが,

複数の方々と双方向のやりとりをうまくすれば,
ばらついている概念を少しは整理していくことができるかもしれない,
と,失礼ながら思った.

普通の学生では,反射がないが,
そういう点で楽しんだ講座である.

そういう意味では,
「E-ラーニングでは,せんがない.」


=== 
===

ここのところ,頭がふわふわする.
節電モードにしたとたんに,頭も夏休みモードになったのかどうか...


災害の話でこれまで走ってきたところ,
自身の中で拡散する議論に,少々疲れている.


そろそろ,深く潜る時が来たようだ.
と思い始めた.

Deepな研究をしようと思う.
ある意味では純粋な領域,Another Worldへ...

もちろん,災害から離れるということではない.
違う空気も吸わなくては.

===

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コメント

まちづくりは興味深いのですが、この守備範囲の広さが大変ですね。色々な人が知恵を出し合わないといけませんね。

私もここ数週間、理由はなんとなく分かっていたのですが、「頭がふあわふわ」していました(今は少しずつ調子が戻ってきました)。私の場合、1時間でも2時間でもprogramを書いたりすると、いくらか頭がシャキッとしました。

投稿: みやしん | 2011年7月13日 (水) 01時55分

私の場合は,

確率過程の数式展開か,計算,といったところでしょうか.

没頭しすぎて,潜ったまま生活に戻ってこない,という危険には注意が必要です.

投稿: sumisumi | 2011年7月13日 (水) 23時25分

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